第38話『誰かの噂』
「おつかれー! 公式戦初登板完封勝利おっめでとうー!」
やたらテンション高めの武下が声高らかに言った。
「ありがとう」
宮辺はニッコリと微笑む。
試合後、学校へと戻ってきた野球部一同は、ホッと一息つき束の間の安息を過ごしている。
今日は平日だが、試合が午後に行われたので授業は既に終わっており、三日後の試合に備えての練習がこの後控えていた。
「いやー凄かったなぁ! まさか王子が一人で投げきるなんて! さすがは俺の認めた男」
謎に上から目線で腕を組みながら調子良く頷く武下をスルーして、
「最後のとこ助かったよ、佐久間」
練習前の腹ごしらえをしている翔斗に宮辺は声を掛けた。
「ん? いや、運良く取れたから良かったよ。」
と、おむすびを牛乳で流し込む。
「〝運〟って言えちゃうのがキミらしいな」
笑みを溢すと「あっ」と何かを思い出し、
「そういえば、早乙女とケンカでもしてるの?」
「えっ、なんで?」
一瞬ドキリとする。
「ベンチでキミ達の様子が変だったから。なんか気まずそうっていうか……」
「シー、シー! そのネタ、今は禁句だぜ!」
顔をニマニマとさせて、すかさず武下が人差し指を口に当てる。訝しげにそれを見る翔斗。
「禁句?」
「そ! 宮辺あの時ブルペンにいたから知らないだろうけど、こいつと桜ちゃん昨日言い争いしてて、その内容ってのが──」
「おいっ」
いつにも増して翔斗は睨みを利かせて、
「あんま適当な事言ってっと……シバくぞ?」
「こっわ!」
これ以上揶揄うと本気で怒りそうなタイプなので、武下は自重する事にした。──ちょうどミーティングも始まり、この話題はこれきりとなった。
所変わって、白幡大学付属高校──通称・白付の野球部グラウンドでは新体制となった顔ぶれで練習が行われていた。
「マネージャー、水くれ水ー」
と、ヘロヘロな面持ちで千宏がベンチへとやってくる。
「あら森くん、まだランニングの途中でしょ? あと五キロ走り終えたら良いわよ♡」
微笑を浮かべる美少女(ダジャレではない)はもちろん三葉である。
「テッメ! ふざけ……」
「はぁ? 文句あるの?」
般若の様な表情に、千宏はビクッとする。
「くっそ、良いよ寺本から貰うし……」
スゴスゴと、三葉の隣にいる一年生マネージャーに歩み寄ると、
「加菜! ダメよ、そいつに水渡したら」
三葉の根回しに阻まれ、グウの音も出ない。
「オラァー!!何やってんだ森ぃ!」
と、怒号と共に威勢の良い部員がやって来た。
「ゲッ、見つかった……!」
思いっきり顔をひきつらせると千宏は首根っこを掴まれた。
「ランニングさぼってうちの妹に手を出そうとは良い度胸だな貴様ぁ! よぉし、あと十キロ追加してやる!」
「ムリムリムリ! そして誤解……」
嫌ー! と引きずり戻されていった。
その光景を見ながら、
「相変わらず張り切ってるなぁ、お兄ちゃん♡」
加菜がほのぼのーと笑った。
哀れな奴……三葉は内心ほんの少し千宏に同情する。
「寺本先輩、新キャプテンに選ばれてからますます頑張ってるわよね」
「そうなの! 家でもトレーニング欠かさなくて努力家なんだぁ。カッコいいよねー♡」
「え、えぇ……そうね」
と、苦笑いを浮かべつつジャグタンクに手際良く氷を入れていく。
この兄妹、本当にシスコン&ブラコンだわ……三葉は心の中でそっと思う。
「ねぇ、葵ちゃんは兄弟いないの?」
ズレてきたメガネを直してふと加菜が言った。氷を入れる手を休めずに、
「いるわよ二人。一番上がお姉ちゃんで真ん中がお兄ちゃん」
「へぇ意外! 末っ子なんだね葵ちゃん! お姉さんかと思ってた」
加菜もジャグタンクに氷を入れるのを手伝うがボロボロと溢してしまう。
「よく言われるわ、それ」
溢れた分の氷を代わりに補充してあげて、
「一番上の姉とは九つも離れてるし、実際一緒に暮らしてた年数は短いの。三つ上の兄は頼りなげで、私よく世話焼いてたから」
慣れた手つきで三葉はタンクの蓋を閉める。
「ふーん。今はお姉さん達、何してるの?」
加菜の問い掛けに答えず、ジャグタンクを両手に一つずつ持ち上げると、
「呑気にお喋りしてる場合じゃないわ。ほら! これ持って」
と片方を差し出した。
「出たースパルタマネージャー!」と加菜が実際に声に出したかどうかは定かではないが、「はーい」と素直に受け取ると、ヨタヨタとした足取りで運び始める。
転けないでよ、お願いだから……。
なんだか誰かに似てる気がしつつ、三葉はその後ろ姿に祈るのだった。
……そういえばあの子、驚いた顔してたな。
「っくしゅん!」
盛大にくしゃみをした後、桜は鼻を啜る。
やだぁ、また風邪かな……?
場所を北条高校野球部グラウンドへと戻す──。
「風邪?」
後ろから声が掛かり、桜は振り返った。
「宮辺くん。ううん、大丈夫だよ。噂されてるのかも」
もちろん冗談なのだが
宮辺はフッと優しく微笑んで、
「噂か。そうかもね、キミの事可愛いって誰かが噂してるのかも」
「えっ……」
珍しく大胆な事を言われ、頬を赤くする。
「なんてね。早乙女、今少しだけ時間良い?」
「うん、大丈夫だけど……」
あれ? 宮辺くん背伸びたかも。
見上げた視線が入学当初よりも高い事に気が付き、桜はボンヤリと思った。
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