第37話『大した奴』

「いっけー佐久間!!」

「狙って打てー!!」

「男を見せろー!!」

 ネクストバッターズサークルを出てバッターボックスへ向かう翔斗に、チームメイト達からの声援が飛ぶ。

 男を見せろって……。

 苦笑いをしながら左打席に立つ。ワンナウト走者は三塁、犠牲フライでランナーを帰せる場面だ。

 翔斗はゆっくりと深呼吸をした。


 二回戦──窪川高校との試合は北条が三点リードしたまま四回の表に入っていた。

 先発宮辺の立ち上がりがなかなか安定せず、初回ピンチを迎えかけたが、野手陣のファインプレーやフォローの甲斐あって無失点に抑える。

 一方の窪川は、守備のエラーが目立ち点を許すも、必死に食らいつこうとする姿勢が時に観客の涙を誘った。そんな感動ムードも何のその、空気を読まない男・翔斗の打球がレフト方向に高く飛んだ。

「っしゃー! よく打ち上げた!」

 自陣ベンチから声が上がる。

 捕球を見届けた後、三塁ランナーがホームに突っ込んでいく。

「……セーフ!!」

 審判のジャッジが響いた。


「おしっ! 一点追加!」

「ナイスフライ佐久間ー!」

「上出来、上出来!」

 ホッとした面持ちでベンチへ戻ってきた翔斗に、チームメイトが歓呼して迎える。翔斗は嬉しそうな表情で空いたベンチに腰を下ろすと、

「凄いね! さすがだよー! もう手に汗握っちゃった!」

 制服を着た紅一点の部員が興奮気味に話し掛けてきた。

「おぅ、ありがと……」

 まさか普通に話し掛けてくるとは思っていなかったので、翔斗は少し戸惑いながらもお礼を返す。その様子に気付くと「あっ……」と思い出して、気まずそうに目を逸らす。

「おいマネージャー、ここ間違ってるぞ。犠牲フライだからカッコじゃなくてマルだよ」

 先輩からの指摘に、

「本当だ、すみません……!」

 と、慌てて今付けたスコアブックの修正に取り掛かる。

 ったく、いい加減機嫌直せよな。

 翔斗は頬杖をつきながら桜の後ろ姿を盗み見た。

 冷戦状態は尚も続いている。さすがに今は試合中なので、お互い試合には集中しているようだが……。

 二人のギクシャクした雰囲気は、ネクストバッターズサークルにいる宮辺からも見て取れた。


「宮辺」

 チェンジとなり、守備につこうとグローブを掴んだところで、田城に呼び止められる。

「落ち着いていけな。いつものオマエなら通用するから」

 と、優しい口調で宮辺の肩を叩く。

 徐々に立ち直ってはきているものの、本来の投球ができているとはまだ言えない。顔には出さないが宮辺が内心焦っているのを、田城はベンチから見抜いていた。

 ホントに、この人は他人の事をよく見てるな……。

 自然と肩の力が緩む。ニコッと笑うと、

「はい! エースですから!」

「いやオマエ、いつからエースになったんだよ」

 思わずツッコミながらも、これだけ大口叩けりゃ大丈夫だ……と微笑んだ。

「いつでも代わってやるから三点までは許すぞ!」

 すかさず茶々を入れるのは岩鞍。

「サイテー! 絶対代わらせませんし!」

 いつもの強気な態度でグローブをつけると、宮辺はマウンドへ走っていった。

「闘志を燃やさせるの上手いですね、岩鞍先輩」

 さすが腐れ縁、と田城は感心する。

「ハハッ、そんなつもりはないさ。俺が何も言わなくてもやってくれる男だよ、あいつは……」

 まるで弟を見守る兄のような温かい目を向ける。

 ……それだけ信頼してるって事か。

 ほんの少し羨ましく思いつつ、宮辺の力強い投球を見てホッと安堵するのだった。


 ようやく本調子に戻ったピッチャーの頑張りもあり、その後も窪川打線に点を許さない。五回表には、不動の四番・大貫がスリーランホームランを放ち、三点を追加する。

 これにより、点差が七点となった。


 七回裏──ふぅ、と宮辺は一呼吸置いた。この回を無失点に抑えれば、北条はコールド勝ちだ。

 監督、途中であの人に継投させるって言ってたけど結局僕に任せてくれたな……。

 大貫のサインに首を縦に振って、セットポジションに入る。ワンナウト走者は一塁。

 任せて貰ったからには……絶対に打ち取ってみせる!

 宮辺は渾身のストレートを投げ放った。


 打ち取られたら終わり、それは打者にとっても同じだ。意地を見せつけるかのように強引に振り抜いた。

 、誰もがそう思う程強い当たりだった。

「ショート!!」

 切望にも似た叫び声が響くと、ほぼ同じタイミングで翔斗がダイビングキャッチする。

 ここからの送球劇が早かった。そのまま体を反転させセカンドへ送球し、セカンドカバーに入る惣丞が間髪入れずにファーストを刺す。

「ゲ、ゲッツー!」

「あのショートよく取ったなー!」

「一年生であんな動きできるとは……!」

 おおぉ! と球場内がどよめく。

 スリーアウト、試合終了──。


「オマエ、一年なのにすげぇな」

 整列後の礼が終わり、窪川の最後の打者が宮辺に声を掛ける。

「いえ……」と謙遜しながらも実のところ嬉しい。

「最初は一年寄越されて嘗められてんのかと思ったけど、謝るわ。大した奴だな」

 と、手を差し出して握手を求める。宮辺は少しそれを見ると、

「ありがとうございます……窪川高校の分も、精一杯頑張ります!」

 しっかりと手を握り締めた。

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