第33話『生意気』
「ゲーム!」
審判が試合終了を告げるコールをすると、「ありがとうございました!」と整列した両校の選手が脱帽し礼をする。
試合は、一-四で北条が制した。五回裏に二点をあげた直後、六回表に一点を返されるが、七回八回の裏に追加点を二点に増やし、そのまま逃げ切るかたちとなった。
岩鞍の完投勝利だが、本人としては六回の場面で得点を与えてしまった事が秘かに痛い。いつもであれば抑えられるシーンだった。この大舞台では、その「いつもであれば」が覆えされてしまう事があるのを、今日はしみじみと痛感させられた。
まぁ、俺もまだまだってとこかな……。
そう達観しながらアイシングをしていると、
「珍しいですね、アナタがあんな点の許し方するなんて」
生意気な可愛い後輩・宮辺がわざわざ憎まれ口を叩きにやってきた。
「調子悪いんならいつでも代わりますよ?」
と、ニッコリ笑っている。今日の登板が一度もなかったのが悔しいのだろう。こういう風に突っ掛かってくるのは昔からなので慣れてはいるが。
「オマエのその嫌味な口調聞けるのも、今年でもう最後なんだな……」
岩鞍は感慨深く言った。
「はぁ? ちょっ、何言ってるんです? まだ始まったばっかでしょーが」
この人、次で負けるつもりなのか?
「ハハッ、もちろんまだまだ終わらせるつもりはないよ」
と、いつもの爽やかスマイルを見せる。
「とにかく! この次マウンドに立つのは僕ですから! センパイはゆっくり休んでて下さい」
文字だけ見ると優しい発言だが、刺々しく変換してみよう。
「おっ、宮辺が労ってくれて嬉しいなー」
「そういう意味で言ってないです!」
ホントこいつら仲良いなぁーと周りの部員達は秘かに思うのだった……。
「良かった、まずは初戦突破ね」
三葉はフゥっと息をつく。
「随分嬉しそうじゃん」
からかい混じりに千宏が言うと、
「別に? ライバル校に勝ち上がって貰わないと張り合いがないじゃない?」
と肩をすくめてみせる。
「ほー、勝ってほしいのは学校か? あいつじゃなくて」
チラリとグラウンドに目線を送る。
「何が言いたいわけ?」
「べっつにー」
千宏はおどけながら立ち上がり、「前から薄々感じてたけど葵ってさ、あのショートに気があんだろ」
それだけ言うと、帰り支度をする部員達に混ざりその場を離れていった。
的を射た発言に三葉は驚き、しばらくグラウンドを見つめた。
「……そんなの、当たり前じゃない」
積み忘れがないか確認してから桜は最後にバスへ乗り込むと、
「皆さんお疲れ様でしたー!」
と、笑顔で選手に声を掛けた。
「あ? おい、マネージャー声枯れてんじゃん!」
上級生にツッコまれ、どっと車内に笑いが起こる。
「張り切って大声出しすぎだよオマエ!」
「でもまぁ、あの声援があったから俄然やる気出たけどなー」
「ナイス応援! 早乙女!」
笑いながら喋っているので本意かどうか分からない。(単にイジられているだけかも……)
それでもつい嬉しさを感じてしまい、「ありがとうございます……」と少し照れながら席に着くと、バスが動き出した。
「今日は大活躍だったなー、翔斗!」
突然バカ高いテンションの先輩に後ろから首に腕を回され、翔斗は慌てた。
「ちょっ! 何なんすか惣丞さん……」
こんな狭い空間で男に密着されて喜ぶ趣味はない。腕をパンパンと叩くと素直に振りほどいてくれる。
「相変わらず冷たい反応だねー♪ 今日の働きを労ってやろーてのに、生意気!」
翔斗が振り向くと、ニカッと惣丞の笑い顔が覗く。
翔斗がファインプレーをすると自分の事のように喜んでくれる、そういう所が翔斗としては秘かに尊敬できる部分だ。
「四回のあのプレー! いやぁ、惚れ惚れしてベースカバーすんの忘れそうになったわ!」
ハハハッと惣丞は大笑いする。
「いや、忘れないで下さいよ」
冷静にツッコむ翔斗。
「バッティングも俺より目立ちやがって、嫉妬するぞコノヤロー!」
とか言いながら嬉しそうだ。惣丞は打順三番の、所謂クリーンナップで、翔斗はこの日八番だった。ちなみに大貫が不動の四番である。
「本当、よくあのチャンスをものにできたよな。一年にしちゃ上出来だよ」
とは、三年生の嶋谷。レーザービーム担当(ライト)で彼に刺せないベースはないらしい。
「やっぱムカついてきた、シメさせろー!」
さっきまで上機嫌だったのに突然変わるテンションに付いていけず、翔斗は相手にしない事にした。
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