第32話『観戦』
滞りなく開会式が終わり、第一試合が始まった。このあと第二試合を控えている北条は、スタンドで観戦する為にゾロゾロと移動をする。
「この試合で勝った方とこの次対戦するからなー。しっかり見とかなきゃ」
「オマっ、気がはえーよ! まずは今日勝たないとだろ」
「なんだよ随分弱気だなー、ハハハッ」
試合前のピリつきもなく、楽しそうに談笑している先輩達を見て、翔斗もつられて笑いが漏れる。
「あら、試合前なのに笑ってられるなんて、余裕ね翔斗?」
突然、懐かしい声が聞こえ顔を向けると……、
「三葉」
腕を組み、女王オーラを醸し出している。他に白付メンバーの姿は見当たらない。
「何してんだ? こんな所で」
「なによ、マネージャーが球場内をうろついてちゃいけないってわけ?」
ジロリと睨まれ、「いやそこまで言ってないけど……」と翔斗はたじろぐ。
「部員達の仕出しを取りに行くのよ。今日はこのまま第二試合を見学する予定だから」
「おい、それって……」
「そうよ。いずれ当たる北条の偵察、何か文句ある?」
偵察はどこの学校も行っている事だから特に珍しくもないが、そこまで堂々と言われるとなんだか身構えてしまう。
「とは言っても、うちとはブロック違うし当たるのはまだ先の先だけどね」
「そっちは初戦どことだっけ?」
「箕曽園よ。三日目だから明後日」
「箕曽園……」
翔斗の目が微かに見開いた。三葉は肩をすくめ、
「輝にぃの母校。負けられないわ」
「ハハッ……だよな」
「そっちも、うちと当たる前に負けたら許さないわよ」
ちょっと目が真剣だ。翔斗はニッと笑い、
「あぁ! お互い勝ち上がっていこうぜ!」
県大会開幕試合は初っぱなから延長戦へともつれ込み、十二回裏に窪川高校がサヨナラで制した。
すっかり待たされた分、北条ナインの熱気もより熱さを帯びている。ベンチの前で円陣を組み、大貫が声を上げる。
「いいか! この初戦は絶対に落とせん! 全員で勝ちを取りに行くぞ! 北条魂見せつけてやれ!!」
「おぉぉぉ……!!」
グラウンドにレギュラー陣の声が響き渡る。
第二試合が始まるサイレンが鳴った。
「あ、いたいた! 武っち!」
スタンドにいる武下の姿を見つけて、万理が駆け寄る。
「万理ちゃん! 来てくれたんだ」
「うん、結局ね」と照れ笑いをする。
誰だ?! この萌え系な女子は誰だっ?!
男子人気上位の小柳万理! 何故ここに?!
〝武っち〟だと? なんで武下と親しそうなんだ!
周囲の部員が心の中でザワつくなか、武下は隣のスペースを空けそこに座るよう促す。
「どう? 勝ってる?」
万理がグラウンドを見渡すと、
「いや、まだどっちも点数入ってないよ」
試合は四回表、春日丘高校の攻撃だ。
「ふーん、苦戦してんじゃん。うちって強いんじゃなかったの?」
ハッキリ言ってしまう性格の小柳万理。
「ハハッ強いけどねぇ……相手の春日丘も春からレベル上げてきてるんだよ」
「ていうか、今投げてるの宮辺王子じゃないんだ?」
目が良い方ではないので顔まで見えてないが、背丈が明らかに高いので判別できる。
「うちの絶対的エース、三年の岩鞍先輩さ! 宮辺は……いつか登板すると思う」
たぶん、と心の中で付け加える。
「あぁ、なんか分かる。あの人エースってオーラが凄いするもん。あっ!」
そんな話をしていると、岩鞍の投球が春日丘打線に打たれてしまった。
「いっやー!!」万理が絶叫する。
「大丈夫だよ万理ちゃん」というフォローを入れる間もなく、ショートが素早くキャッチしファーストへ送球する。矢を放つようなスピードに、バッターは呆気なくアウトになった。
「あービックリした……心臓に悪い」
万理は胸を抑える。
いや、心臓に悪いのは万理ちゃんの叫び声だよ……武下は苦笑いする。
「あの取った人凄いね! 動きがプロい!」
興奮気味の万理に、武下は些か複雑な思いに駆られながらも、
「あれ、佐久間なんだけど」
「ナイスショート!」
チェンジとなりベンチに戻ると、メンバーから激励を受ける。
「今日のオマエ、動きキレッキレじゃん!」
「エンジン全開かよ!」
「コノヤロー!」
頭を叩いたり蹴りを入れるのは先輩方の愛情表現である。翔斗は思わず笑って、
「そりゃ気合い入りますよ。記録員なのに身を乗り出して大声張り上げてる奴がいますから」
チラリと桜の方を見ると、当の本人は一段ズレてしまったスコアブックを必死に修正していた……。
「おい大丈夫か?」と周りのメンバーがそっと心配する一方で、やると思った……と内心思う翔斗だった。
「葵ー、今どうなってる?」
トイレから戻ってくるなり千宏は聞いた。
「ちょっと、手ぐらい拭きなさいよ! ほらハンカチ。ちゃんと手洗ったんでしょうね?」
母親みたいだな……と思いながら、「洗ったし」とハンカチを受け取る。
「さっき北条が二点あげたわ。一二塁でランナーが出ているところに翔斗の二点タイムリー……」
「えっ、あいつ打てんの?」
失礼な驚き方をする。三葉は一瞥して、
「確かに強打のイメージはないけど、ハマるとラッキーボーイ的なところがあるから。侮らない方が良いわよ」
「へー……」
前回の練習試合では打つ印象が薄かったので意外に感じる。
ラッキーボーイ、ねぇ……おもしれぇじゃん。
その僅か数メートル程しか離れていない場所で、サングラスをかけた男が戦いの模様を眺めていた。
目に止まるのは、背番号6をつけた一年生のプレーばかり。
フッと笑みを浮かべると、ポツリと呟いた。
「ほんっとに……大きくなったな、翔斗」
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