第28話『復活した主将』

「っしゃー!! 完全復ーっ活!」

 野球部のグラウンドで、大貫が上機嫌に叫んでいる。それを部室で耳にした武下は、着替えながら顔をひきつらせ、

「ひぇっ、朝から元気だなキャプテン……こりゃ寝込んでた分、そうとう溜まってるぞ」

 大貫はここ数日、高熱で休んでいたのだ。

「だね。僕、今日のピッチング練習あの人とだけは絶対嫌だ……」

 乾いた笑いを宮辺は浮かべる。体力が有り余った大貫の相手をするのは血辺戸が出る想いらしい。

 ハハハッがーんばれ、武下は同情しつつ宮辺の肩をポンと叩く。

「まぁでも良かったじゃん。大会前に完治して」

 と爽やかに笑う翔斗に、

「……佐久間、今日大貫先輩からノック地獄受ければ?」

 ボソッと低い声で宮辺が言った。


「あっ……!」

 準備中、ボールの入ったカゴを二つ重ねて持って運んでいた桜は、一つをうっかり落とし中身をぶちまけてしまう。慌ててボールを拾っていると、

「おい早乙女! なにやってんだ!」

 後ろから大貫の怒号が飛ぶ。

「すみません! すぐに片付けます!」

「俺も拾うの手伝うよ」

 と、二年生の田城が一緒にボールを拾い始めた。

「ありがとうございます……!」

 桜は申し訳なく思いながらも、好意に心から感謝した。

 全部カゴに戻し終わると、「本当に、ありがとうございました!」と桜はしきりに頭を下げる。

「良いよこれくらい。もう落とすなよ」

 軽く手を上げ、田城はその場を離れて行った。

 なんて神すぎる先輩なんだろう……!

 感動で涙が出そうになる。

 二年生の田城洋平、ポジションはキャッチャーで主将の大貫と一二を争う実力である。司令塔の印象と相反し、普段は柔らかい人柄で親しみやすく、そんな田城を慕う後輩は少なくない。

「あ、先輩!」

 宮辺が田城の姿を見付けると、嬉しそうに駆け寄り、

「今日のピッチング練習、自分と組んで貰っても良いですか?!」

 子犬のようにすがってくるので断るわけにもいかず、

「あぁ良いけど……珍しいな、オマエから誘ってくるなんて」

「変化球をもっと極めたいんで! ご指導よろしくお願いします!」

 大貫から逃げる為という本心を見なければ、感心である……。

「それだったら俺が見てやるよ」

 と、突然背後から現れたのは岩鞍。

「ゲッ……」

 アナタからは指導受けたくない、という心の声が聞こえそうだ。

「そんなあからさまに嫌な顔するなって宮辺。変化球極めたいんだろ?」

 顔はにこやかだが、どこか面白がっているような様子だ。

「いえ、田城先輩にお願いしたんで結構です」

 宮辺が冷ややかに断ると、

「せっかくだから岩鞍先輩に指導して貰ったら? こんな機会、滅多にないだろ」

 田城に冷静な見解をされ、宮辺は「うっ」と言葉に詰まる。

「決まりだな」してやったりの岩鞍。

 この人に指導されるぐらいなら、大貫先輩と組んだ方がマシだ……と一瞬思うが、いやいや、それもやっぱり嫌だと思い直す宮辺であった。


「朝めずらしかったね。宮辺くんが岩鞍先輩とピッチング練習してて」

 お昼休み、桜は練習場で雑務をしながら、隣でストレッチをする翔斗に話し掛けた。

「あぁ、レアな光景だったな」

 今日は大貫先輩と組みたくないって言ってたし、それが裏目に出たってとこか? と考えていると、ふと思い出して、

「そういえば桜、今朝、大貫先輩に怒鳴られたんだって?」

 いたずらっ子のような表情を浮かべる。

「もう耳に入ったの? うん、ちょっと不注意でボールカゴ落としちゃって……」

「あー、あれ重いもんなぁ」

「気を付けなくっちゃね。でも普段は二個持ち平気なんだよ!」

「すげぇ力持ちだなっ」

 翔斗は思わず笑って、

「……ん? 『普段は』って、今日は調子でも悪いのか?」

「あっ、ううん。今日はヘマしちゃう日だなっていう意味!」

 やたらと明るく見せる桜に、それ……いつもじゃね? と内心思うがそっと胸にしまっておく。

「よっし、ストレッチ終わり!」

 翔斗はぐるぐる肩を回して、

「じゃ、ちょっくら走り込んでくる!」

 と言うや否や、グラウンドへ全力疾走して行った。「いってらっしゃい」と言う桜の声が聞こえたかどうか……。

 もう姿が小さくなった翔斗を見て、桜は微笑んだ。そしておでこに手を当てると、眉根を寄せて顔をしかめる。

 んーマズイなぁ。また熱上がってきたかも……。



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