第24話『大事な……』

「葵さん! 今日は本当にお世話になりました!」

 桜は地面に頭がつく勢いで、深くお辞儀をする。

「お疲れ様でした。無事終わって良かったね」

「ほんと葵さんのおかげ! ありがとうございます!」

 と、再びお辞儀をした。

 そんなに頭下げられたらイジメてるみたいじゃない、三葉は苦笑いすると、

「差し入れご馳走様。美味しかったわ」

「え、本当に?! 嬉しい……」

 昨夜遅くまで作っていたので、誉められると素直に喜びが込み上がる。

「じゃ、そろそろ出発だから」

 と言うと三葉は荷物を持ち「あ、そうだ」

 何かを思い出したかのように、

「どうやら翔斗は、あなたの事が好きなのかもしれないわね」

「え……えぇぇっ!?」

 何の脈絡もなく突然言われ、桜はビックリして慌てふためく。

「冗談よ。ちょっとからかいたかっただけ」

 私ってば、性格悪いなぁ……。

 クスッと笑い、その場を後にする。

 な、何だったんだろう一体……?

 心臓をドキドキさせながら、桜は三葉の歩く姿を見ていた。


「ありがとうございました!!」

 試合に出場した部員全員で、白付のバスを見送る。完全に姿が見えなくなると、

「あー終わった終わった! さて、はちみつレモン♪」

 武下はウキウキしながらグラウンドへ歩いていく。

「あれ? オマエ何か試合に貢献したっけ?」

 翔斗がわざとらしく言った。

「おい、痛いところ突くなよー……」

 武下は横目で睨んだ。

 七回裏に代打として出場したものの、結果を残せずスゴスゴと戻ってきたのだ。

「そういえばあの森の事、桜に聞くんじゃなかったのか?」

 と、後ろを歩く桜を見る。

 あぁそれな、武下は気を取り直した様子で、

「思い出したんだよ。森がホームに走塁した時に……」

「森くんがどうかしたの?」

 後ろから桜が声を掛ける。

「桜ちゃん。いや、あの森って奴どこかで見た事があるって話してて。それが、小学校の時なんだ」

「しょ、小学校?」

 翔斗は少し驚いた声を出す。

「あぁ。あれは確か小六だったと思うけど……近所のチームと試合した時に、三盗した奴がいてさ。それが森だった」

「小六で三盗成功か。たいした奴だな」

 と、すっかり感心している。

「そうそう! 子供の頃からヒロちゃん、足すっごく速かったから」

 桜は懐かしむように微笑む。

「それでさ、面白い事にその時投げてたのが確か宮辺だったんだよ!」

 あのプライドの塊のような宮辺が……翔斗はそれを考えると、今日の試合いなくて良かったな、と思った。

「でもそれ以降パッタリ見なくなったから、すっかり忘れてたぜ。転校でもしてたのかな?」

「その通り! 中学の時オヤジの転勤で北海道に引っ越してて、また戻ってきたってわけ!」

 急に後ろから声が聞こえ、驚いて三人は振り返る。

「ゲッ! 森……!!」

「なんでオマエがここにいるんだ?!」

「帰ったんじゃなかったの?」

 それぞれ思わず声をあげると、千宏はニカッと笑い、

「それがさ! 聞いてよー。なんか俺、粗相をした罰とか言われて、学校まで走って帰って来いってさ! ヤダよねー、行きも走って来させられたのに」

 と、勝手にペラペラと喋る。

「粗相、したもんな。自業自得だ」

 武下はボソッと言う。

「だから、なんで北条の校内ここに戻ってきたんだよ?」

 訝しげに翔斗が見る。

「いやー実は道に迷っちゃって! うちの学校ってどっちだっけ?」

 照れながら頭を掻いている。

「はぁぁあ??」

 翔斗と武下はハモった。

「どっち、て……そんなもん来た道戻りゃ良いじゃん」

 武下が少しイラついている。

「ははっ。来る時は途中で宮辺くんに会ってさ、連れてきて貰ったから覚えてないんだー!」

「え、宮辺に会ったのか?」と翔斗。

「そう! でも宮辺くん元気ないようだったな。どうしたんだろう?」

 そりゃ三盗された奴に出くわせば元気もなくなるだろ……声には出さず心の中で思う。

「ヒロちゃん、方向オンチは治ってないんだね」

 桜は苦笑いすると、「途中まで送って行こうか」と優しい口調で言った。

「え! そんなのダメだよ桜ちゃん! 危険、危険!」

 武下が必死に止めに入る。突然ハグするような輩だから、二人きりだと何を仕出かすか分かったもんじゃない。だが、

「サンキュー桜♡ 助かるよー!」

 千宏は武下の発言を無視し、グイッと桜の腕を引っ張る。

「あっ!」

 勢い余って、桜はバランスを崩しよろける。すると翔斗がとっさに、もう片方の腕を掴んで支えた。

「あ、ありがと……翔斗くん」

「ダメだ」

 翔斗は厳しい表情で桜に言った。その様子に桜はビクッとする。今度は千宏に向かって、

「桜にはまだやる事あるし、途中で抜けると監督に怒られるから、勘弁して貰えないかな?」

 言い方は友好的だが、ノーとは言わせない雰囲気だ。

「ふーん。オマエ、佐久間とか言ったな? 桜とどういう関係なわけ?」

 千宏も凄んでみせた。二人の間に火花が飛んで見える気がする武下だ。

 翔斗は千宏の目をまっすぐ見据えて、

「桜は、うちの大事なマネージャーだ」

 ……桜は頬を染める。

「はっ! なんだよ、浅い関係だな!」

 と、千宏は嘲笑する。

 確かに子供の頃からに比べると関係は浅いのかもしれない、でも……。

「あ、浅くなんかないよ!」

 桜は深呼吸をすると、

「だって私達……一緒に住んでるんだもん!!」

 翔斗と武下と千宏は固まった。

 いや、間違ってはないけど……と翔斗は思い、その言い方だと誤解を生むんじゃ……と武下が苦笑し、一緒に住んでる……一緒に住んでる……千宏は頭の中でエコー再生した。

 ゆらりと後退ると、

「そ、そんな桜は……不潔だー!!」

 と叫び、走って校内から出て行ってしまった。

「何なんだ、一体?」

 翔斗は呆気に取られる。

「あいつ、桜ちゃんを不潔呼ばわりしやがって!」

「ヒロちゃん、道分かるのかな?」

 素朴な疑問を桜が口にする。

 翔斗と武下は少し間を置くと、「さぁ?」と首を傾げた。

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