第23話『はちみつレモン』
その後、白付は苦戦を強いられる。
森に対して怒り狂った北条の監督が、選手に圧を送り、負けたら只じゃおかない空気が流れたのだ。
四回裏以降は得点を稼ぎ、相手にヒットを打たれても塁を踏ませずアウトにする、見事な守備を見せた。
ついには九回表で白付は点を返せなかった為、試合終了となり北条は勝利を守った。
しかし勝利したにも関わらず、彼らの気分は全く晴れていない。
「あー疲れた……」
「試合がすげー長く感じたわ」
「これ、練習試合だよな? 公式戦よりも緊張した……」
「今日で俺、どんだけ精神力使ったんだ……」
むしろゲッソリしているように見える。
「皆お疲れ」
「岩鞍、オマエなんでピンピンしてんだよ」
にこやかな様子のエースに呆れて言う。
「これで動じてたらピッチャーはできないさ」
こいつは不死身か……? チームメイトは横目で見た。
「まぁ、あいつがいたから安心できたって言うのもあるけどな」
「あいつって?」
岩鞍は視線を飛ばすと、
「一年のあいつだよ」
翔斗は桜を手伝ってお盆を運んでいる。
「北条高校からの差し入れです! 一つずつどうぞ!」
桜が呼び掛けると、白付の部員達は感動して、
「出た! 北条伝統のもてなし! はちみつレモン!」
「北条のホーム戦の時、たまに出るんだよなー」
「今年も貰えるとは思わなかったぜ!」
「あの子の手作りだろ? 感動だ……」
と、涙を流す者までいる。
千宏は、はちみつレモンの入った紙コップをお盆からヒョイと取ると、
「これ、毒入れてないよな?」
ニヤッと笑いながら翔斗に言う。
「アホか」と言いつつも真面目な顔をして、「オマエのには入ってるかもな」
千宏は思わず吹き出し、
「面白い奴だなオマエって!」
と、ポイッと口に放り込む。「おっウマイ♪」
おかわり! と千宏が手を伸ばすのを断固拒否した。
「お盆、もらおうか?」
突然三葉に声を掛けられ、翔斗は「えっ」と反応する。
「私が配るから。貸して」
「あぁ、ありがと」
三葉は受け取りながらフッと目を細め、
「私ね、翔斗に嘘……ついてた事があるの」
「……何が?」
何の事か感付くが、そう言ってしまう。
「私が好きなのは、昔も今も、翔斗よ」
一瞬、時間が止まったように思えた。
「それを、ずっと謝りたかったの」
優しい表情で三葉は言った。
翔斗の視界の向こう側に桜が映った。ふと、こちらを振り返ると、えくぼを見せて、笑っていた。
試合前まで不安そうな顔してたのに、今すげー楽しんでやんの。
フッと翔斗は笑い出しそうになる。
「俺さ」
ようやく口を開くと、
「夢中なんだよ……」
「え?」
三葉は目を見開く。
「野球に」
その瞳に迷いはない。
「でしょうね」
クスッと笑い、「翔斗らしいわ」
「あと、」
翔斗は桜の方を見た。
「甲子園まで応援してほしい奴が、いるんだ」
清々しい顔つきの翔斗に、三葉はしばらく何も言えずにいた。
「それって……」
くやしいな、という表情で微笑むと、
「あのマネージャーさんが好きだって言ってるの?」
予想外の言葉に驚いて、
「なんでそうなるんだよ?」
翔斗は眉を寄せる。
「まぁ良いわ」と三葉は肩をすくめ、
「今はそういう事にしといてあげる」
「はぁ?」
全くもって意味が掴めない様子だ。
「おーい、葵!」
チームメイトが大声で呼んできた。
「こっちにも差し入れくれよ! 独り占めする気か?」
お盆を持ってる事をすっかり忘れていた。
「んわけないでしょ! すぐ行くわよ!」
そう怒鳴ると、ふぅーっと息をつく。翔斗は吹き出して笑う。
「相変わらず三葉も大変だな! でも部員には優しくしろよ?」
「あら? 中学の時よりは優しいつもりだけど」
嫌味を込めて言い、「じゃあね」と立ち去る。
「またな」
翔斗も、三葉の後ろ姿に声を掛ける。
ふと三葉は立ち止まると、そのまま振り向かずに、
「あのマネージャーさん、初心者なのに一人であれこれするのは物凄く大変だから、ちゃんとサポートしてあげてね」
なんとなく、強がっているように見えた。
ありがとう三葉……翔斗は心の中でそっと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます