第22話『デートの権利』

 四回表、ノーアウト走者一塁三塁と、北条にとっては不利な状況である。すべては森千宏という謎の一年生によって番狂わせさせられている。

 しかしそんな中でも、ピッチャーである岩鞍は至って冷静にピッチングしていた。彼が「北条の絶対的エース」と言われる所以は、この精神力にある。

 一人、また一人と連続三振で抑え、あとワンナウトでチェンジというところまで持っていった。

 と、ここで千宏は、三塁側にあるアナウンス席に向かって声を掛けた。

「桜! 俺がホームに還れたら今度デートしてよ」

 言われた当の本人は、驚いて目を丸くしている。あまりの大胆発言に、周囲は一瞬呆気に取られるが、段々と怒りモードに変わる。

 こいつ、試合中に何言ってんだ?

 デートなんてさせるか! むしろ俺がしたいぐらいだ!

 おのれ、絶対に阻止してやる!!

 あちらこちらから心の声が聞こえてくるようだ。

「オマエ、いい加減にしろよな」

 サードが凄むように言い、周囲は「よく言ってくれた!」と内心思うが、千宏はニヤリと笑うだけだ。

 ……まさか、スチールでもくるか?

 北条ナインは守備を厳戒態勢にする。


「くっそー! あの色ボケ野郎めー」

 ベンチで、武下はワナワナと怒りに震えている。

「許すまじ!」

「嘗めた真似しやがって!」

「絶対にあいつをホームに還すなー!」

 と、こっちはこっちで盛り上がっている。


「ねぇ、森くん今なんて言ったの?」

 三葉はチームメイトに尋ねた。

 一塁側ベンチにいる白付には、千宏の言葉が届かなかったようだ。……ある意味では良かったが。

「俺も分からなかったよ」

「でもなんか、北条のやつら燃えてね?」

「確かに、すげー気迫!」

 特に、三塁と本塁あたりから熱量が伝わってくる気がする。

 何を言ったのか知らないけど……。

 三葉は守備についている翔斗をチラッと見た。

 影の守護神を本気にさせちゃったみたいね。


 そろそろこの回の決着つけるか……。

 岩鞍はボールを握り締める。投げ放たれた球が、打者の振り抜いたバットに僅かに当たる。千宏はその瞬間を逃さずホーム目掛けて突進する。

 打球が、三遊間へ飛んだ。

『勝負だ、守護神』

 千宏の言った言葉が頭に浮かんだ。翔斗はダイビングキャッチすると、素早くホームへ送球した。

 千宏は地面を蹴り、ホームベースに向かって手を伸ばす。

 誰もが、息を呑んだ。

「アウト!!」

 それは僅差だが、ハッキリと判別できた。翔斗の送球の方が早かった。

 岩鞍はグッジョブと言わんばかりに、翔斗に親指を突き立てる。


「あー面白かった♪」

 チェンジとなり、ベンチに戻った千宏はドカッと座ると満足気に言った。

「面白かった、じゃねぇよ! せっかくのチャンスを棒に振りやがって」

 チームメイトが眉を寄せる。

「どっちにしろ、ショートゴロの時点で勝敗はついてたよ。あいつとの勝負は次に持ち越しだな!」

 ニカッと笑うと、「でも桜とのデート権は惜しかったなー」と残念そうに呟く。

 デート権? 何だよそれ教えろよー! とチームメイトがしつこく聞くが、千宏はまたもや無視する。


「ありがとう、佐久間! オマエは俺の恩人だ!」

 武下からこんなに感謝されたのは初めてな気がする。

「いやーよくやった!」

「見事デートの権利を阻止してくれた!」

 先輩達からも感謝されるが、何か方向性が違うような気がしてならない。

「ほんと、ショートがオマエで助かったよ」

 岩鞍にニコニコと言われ、翔斗は引っ掛かっていた事を尋ねる。

「岩鞍先輩、やたらショートゴロになるように投げてますよね?」

「ハハッ! まさか! たまたまだよ」

 少し大げさに笑う岩鞍に、より一層怪しさを感じる。

「そうだ、監督の機嫌はどうだ?」

 試合に出ていた上級生がコソッと武下に聞いた。千宏が桜に言った事を、父である監督も聞いていたはずだ。

「ははははは……」

 武下は乾いた笑いをすると、「ご覧の通り、超怒ってます」

 見ると、佇まいは静かであるが怒りの炎を激しく燃やしていた。

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