第21話『勝負だ』

「ファーストランナー能登くんに代わりまして、代走、森くん。ファーストランナー、森くん」

 桜が白付の走者交代をアナウンスすると、千宏はご機嫌な様子で一塁についた。

 桜にアナウンスして貰えるなんてラッキー♪ テンションあがるわー!

 そして翔斗の姿を捉えると笑みを浮かべ、ボソッと呟く。

「勝負だ、ショートの守護神……」


 北条はざわついていた。

「え、あのセクハラ野郎が代走?」

「なんで一年のあいつが……」

「わざわざ交代させるとは、そんなに足速いのか?」

「まぁ交代したところで、次のバッターが打てたらの話だよな!」

 と口々に言い、固唾を呑んで試合に目を向ける。今まさに岩鞍が投球しようとしていた。するとそのタイミングで……、

「あっ!」

 思わず誰もが声を出した。

 投球と同時に、千宏が走り始めたのだ。

「と、盗塁!?」

 キャッチャーが投球をキャッチすると、二塁めがけて勢いよく送球する。

 千宏はスライディングで塁へと滑り込む。ジャッジは誰の目から見ても明らかだった。

「セーフ!!」

 審判の声が響き渡る。白付の喜ぶ声が聞こえた。

「は、はえー……」

「すげぇ足速いじゃん、あいつ」

 と、北条はすっかり呆気に取られていた。


「おい、そこのショートの守護神」

 千宏は翔斗に話し掛ける。

 突然話し掛けられ、翔斗は怪訝そうな顔をする。

「勝負だ。このバッターはぜ。」

 ニヤニヤしながら言うこの男に、翔斗は「はぁ?」と返す。

「俺が三塁まで辿り着けるか、アウトを取れるか勝負だ、て言ってんだよ」

 自信満々に言う千宏を翔斗は警戒した。

 こいつ、まさか……。


 北条バッテリーは何度か二塁へ牽制をするが、千宏の瞬発力と勘の良さによって尽く不発に終わる。

「なんなんだよ、あいつー!」

 ベンチで見ていると余計ヤキモキする。

「武下ぁ! 知らないわけないだろ、あんな動きができる奴!」

 と、二年生が詰め寄ってくる。

「で、ですよね……」

 武下もそう言うしかない。

 でも、俺はどこで見たんだ?

「また打たれた!」

 他の上級生が叫ぶ。

「三遊間! しかも当たりが強い!」

「いやでも、ゴロいける!」

 これではアウトになるリスクが高い為、通常二塁ランナーは三塁に走れない。

 ……はずだった。

 千宏は打球が飛ぶより先にスタートを切っていた。

「バカな奴! 走ったぞ!」

「よし! そのままアウトだ!」

 翔斗は捕球した体制を崩す事なく、勢いそのままに三塁へ送球した。

『俺が三塁まで辿り着けるか、アウトを取れるか勝負だ』

 千宏はヘッドスライディングする。

 ボールが、サードのグローブに収まりすかさずタッチする。それはほぼ同時に見えた。

「ア、アウトか? セーフか……?」

 両者息を呑んだ。

「セ……セーフ!!」

 審判の判定に誰もが湧いた。

「あの野郎、なんちゅう足してやがんだ!」

「俊足にも程があるぜ!」

「まったく。敵ながら清々しいな!」

 と、走者が三塁にまで及んでいるにも関わらず、感心しきっている。

 千宏は起き上がると、両手に付いた土を叩きながら翔斗を見た。

 この勝負、俺の勝ちだな!

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