第19話『森 千宏』

「アナタねぇ……やる事多すぎっ!」

 三葉は呆れてついツッコんでしまった。

「へ?」

「練習試合に出ない部員の分まで今やる必要ないわよ。自分達でさせとけば良いの! じゃないと間に合わないでしょ!」

 さっきまでの優しさはどこへやら……。

〝部員が円滑に練習できるように善処するのがマネージャーの仕事〟って言ってたのに……桜はそっと思う。

「ほらボーッとしない! これを持つ!」

 キレイな顔をしてとてつもなく怖い。桜は、すみません……と言うのがやっとである。


「桜ちゃん、美人マネに完全喰われてる気がすんだけど……」

 二人のやり取りを眺めて、武下は言った。

「あー、あいつスイッチ入ると容赦ないからな」

 三葉のよく見る光景に翔斗は慣れてしまっている。

「なにそれ。こわっ。容赦してあげてー」

 再び心配そうに武下は目を向ける。

 と、白付の部員が桜の所へ走って行くのを見た。


「もしかして、早乙女桜だろ?」

 白付のユニフォームを着た野球部員が、息を切らしながらそう聞いてきて、桜は首を傾げた。

「どなた……です?」

「俺だよ、俺! 森千宏! 子供の頃よく遊んだじゃん!」

 人差し指で自らを指し、ニカッと笑う。

「え……?」

 桜はまじまじと千宏の顔を見る。

「よせよ桜、もう〝ヒロちゃん〟なんてガキじゃねぇ」

 と、何故か照れている。

「わー誰かと思った! すっかり変わったねぇヒロちゃん」

 フフッと笑う桜を見つめて、

「オマエは全然変わらないな」

 と、目を細めた。そして次の瞬間──、

「相変わらず、可愛いー!!」

 千宏は桜をギュムッと抱き締める。

 桜はピシッと石化し、あちこちからブチッと切れる音が聞こえた。(特に北条側から)

 三葉は手にしていたグローブで千宏の頭を叩くと、パコーンッ! と痛快な音が響いた。

「いっってぇ……」千宏が頭を抑える。

「森くん、遅れて来た上に他校の女子に手を出すなんて……良い根性ね」

 三葉は静かに言うが、迫力が凄い。

「げっ……出た、鬼!」

 千宏は顔を引きつらせる。

「誰が鬼だっ!」

 鬼の形相で三葉は怒鳴った。


「あんのやろう……絶対許さねぇ。よくも桜ちゃんを穢しやがって!」

 いや、正確に言うと穢れてはいない。

「俺達で天使の敵を打とう!」

「しかもあんな美人を『鬼』呼ばわり……もはや生かしておけん!」

「あいつポジションどこだ?! ボッコボコにしてやる……!」

 がバレたら俺もこの人達にボコられるかも……。

 そう考えると、翔斗はゾッとした。

「なんかエライ事になってるな、佐久間」

 翔斗は一瞬ドキリとする。

「あ、岩鞍先輩……」

「早乙女もこんなにファンがいたら大変だよな」

 岩鞍は苦笑すると、

「それにしても、監督達がミーティング中で良かったよ」

「本当ですね。いたら練習試合どころじゃないですよね」

 その光景が容易に想像できて、翔斗は少し笑えた。

「まぁとにかく、彼への投球はデッドボールにならないように気を付けないとな」

 顔はニコニコしているが、言ってる事が怖すぎる。

 一番敵に回したくないのはこの人かもしれない……と翔斗は思ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る