第18話『遅れてきた男』

「あの、すみません」

 学校に向かう途中、宮辺は見知らぬ男に話し掛けられた。

「北条高校って、この辺ですよねぇ?」

 野球のユニフォームを着たその男は頭を掻きながら、「道に迷っちゃって……」

「あぁ、それなら一緒に行きましょう。僕も今から部活の練習で向かう所なんで」

 と、宮辺は笑顔で答える。

「いやー助かるっす! これからそこで練習試合だってのに俺寝坊しちゃって、送迎バス乗り遅れたんすよー。そしたら監督に走って来いって怒鳴られて……ここまで超大変でした」

 人懐っこい性格なのか、男は無邪気に笑いながら話す。

 そうだったんですか、と宮辺も愛想よく返す。

「実は昔、この辺に住んでたんですけどね。裏道通ってたら、街並み変わってて全然分かんなくなって……」

 よく喋る男だなぁ、と宮辺は思った。

「でもラッキーした! 北条のピッチャーと遭遇できたし」

 男は宮辺を見てニヤッと笑った。

「え、僕の事知ってるんですか?」

「そりゃもちろん。キミは昔からエースだったから……宮辺くん?」

 宮辺はピタリと立ち止まると、

「もしかして、キミは………」


 今日はホーム戦なので、桜は朝から慌ただしく準備に勤しんでいる。

「大丈夫かな、桜ちゃん。なんかテンパってるようだけど……」

 と、武下は心配しながら翔斗に話し掛ける。

 一人であれもこれもしなくてはいけない桜は、作業が追い付かず誰の目から見ても焦っている様子だ。

「まぁ……大丈夫じゃねぇの?」

 心からの言葉ではないが、翔斗はそう言うしかない。

「あ、ほら来たぜ。白付の奴ら」

 武下は目線を送りその方角を示すと、グラウンドへゾロゾロと入ってくる対戦校のメンバーが見えた。

 その中に、マネージャーである三葉の姿もあった。

「な! なんだあの美人は!」

 三葉を見て上級生達が声を挙げているのが聞こえてくる。

 そうか、前の交流戦では先輩達いなかったもんな……。

 翔斗がそんな事を考えていると、桜が三葉の所まで駆け寄り挨拶している様子が見えた。

「あのツーショット、物凄く癒される!!」

 上級生達が感動しているのを、翔斗は横目で見た。


「ごめんなさい、実は部員が今一人遅れてて……」

 三葉は申し訳なく言う。

「あ、そうなんですね。良かった! お恥ずかしながら、まだ準備が終わってなくて……」

 と、桜は苦笑いした。

 すると三葉は周りをざっと見渡し、「もしかして、他にマネージャーいないの?」

「うん、私だけだよ?」

「えぇっ?! たった一人で強豪校のマネージャーを務めてるなんて……アナタ大したものね」

 三葉は驚くが、桜はキョトンとして、

「え……そうなの? でもマネージャーとしての経験浅いから、ちゃんとできてない事が多いかも。迷惑かけてばかり」

 そう言いながら段々切なくなる桜の表情を、三葉はじっと見つめ、

「後は何やるの?」

「……え?」

「準備。手伝うから、後は何をするのか教えて」

「ダ、ダメだよ! ゲストなのに手伝ってもらうなんて」

 すると三葉は優しく微笑み、

「マネージャーの一番の仕事は、〝部員が円滑に練習できるように善処する事〟でしょ?」

 三葉の好意に、桜は泣きそうになった。

 美人なのになんて男前な性格! 男だったら惚れてまう! 翔斗くんが葵さんを好きになったワケ、凄く分かるよ……。

「よろしく、お願いします……」

 桜は深々とお辞儀をした。


「ハハッ良かった、間に合った!」

 遅れてやって来た男は、白付のメンバーがいるベンチへ入るとドカッと座った。

「オッマエ遅ぇよ!」

 チームメイトにバシッと頭を叩かれると、

「あれ、葵いねぇの? あいつ怒ると鬼だから、すげー走ってきたのに」

 なんだよ走り損かー、とうなだれた。

「いや、なんか北条のマネを手伝ってるみたいだぜ」

 ほら、あそこ。とチームメイトが指差した先を見て、

「あれ? まさか……」

 男は目を輝かせた。

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