第17話『何でもない』

「あ……」

「あっ」

 一方は気まずそうに、もう一方はバッタリ出くわした時のごく普通の反応として、それぞれ声を上げた。

「翔斗くん、今帰り? 結構遅くまで残って練習してたんだね」

「あぁ……。桜もこんな時間までいたんだな」

 目を反らしながら翔斗は言った。完全下校の時間は過ぎているので、すでに帰ってる頃だと思っていた。

「明日の練習試合の準備をしてたの。結構手間取っちゃって」

 明日は北条高校のホーム戦だ。マネージャーが一人しかいないので、桜はあれこれ準備をしなくてはならない。

「雨、あがったね」

 と、桜は空を見上げた。

 練習中はずっと土砂降りだったが、終わる頃には雨足も止んだ。

「あぁ……」

 二人並んで歩くのが、久しぶりな気がする。

「いよいよ白付との対戦だね! 頑張って。応援してる!」

 桜はニッコリと微笑む。

「あぁ」

「さっきから翔斗くん、『あぁ』しか言ってない」

 可笑しそうに笑うと「はい、これあげる」と、何かを翔斗に差し出す。

「えっ?」

「お守り。私が作った物だけど……」

 と、少し恥ずかしそうに言う。

 翔斗は、桜お手製のお守りを見て思わず笑った。縫い目がいびつだ。

 そうか、桜は裁縫苦手だったな……。

 桜の顔をチラッと見ると、嬉しそうな表情でこっちを見ていた。翔斗は、ドキッとした。

「良かった」

 桜がホッとしたように言う。

「え……」

「やっと、笑ってくれたね」

 その表情に、翔斗は目を奪われる。

「最近の翔斗くん、様子が少し変で心配してたの。だから、試合中少しでも気持ちが楽になるようにお守り作ってみたんだぁ」

 あんまり上手じゃないけどね、と苦笑しながら桜は付け加える。

「ありがとう」

 翔斗は少し照れ臭そうに言うと、「大事に、するよ」

「うん」

「あのさ……」

 今度は翔斗から話し掛け、「ごめん」

「何が?」

 桜はキョトンとする。

「実は、最近素っ気なかったのは試合前だからとかじゃないんだ。その……桜を、避けてたというか」

「私を? な、なんで?」

 突然の言葉に動揺が隠せない。

「桜の顔見ると……この間の事、思い出すんだよ」

 少し顔を赤くして翔斗は言うが、

「っえ? この間、って……?」

 すっとぼけている風でもなく、本気で分かり兼ねている桜に、こいつすげー鈍感だなと翔斗は思った。

「いや、分かんないんなら良いよ」

「えー、気になるよ! 私に関係ある事なんでしょう?」

 それが分かるんなら察してくれ、と翔斗は心の中で呟く。

「私、何かしたっけ?」

 むしろ何かしてしまったのは俺の方です。

「怒らせちゃったなら、ごめんね……」

 消え入りそうな声が聞こえ、翔斗は桜の顔を見た。物凄く泣きそうな顔で悄気ている。──何故だか少々イジメてやりたい衝動が走ったが、自分はドSキャラではないので止めといた。

「怒ってるわけじゃないよ」

 ホント? と桜は子犬のような目で見てくる。

 変に隠す必要もないな、と翔斗は思い直す。

「この間さ、誤ってキス……したのが気まずかっただけ」

「あぁ! なんだ、そんな事!」

 パァっと桜の表情が明るくなる。

〝なんだ、そんな事〟?! 翔斗は少し衝撃を感じた。

「大丈夫! 全く気にしてないよ!」

 と、ニコニコしながら桜は言う。

 いやだから、俺は気にしてんだよ! 翔斗は心の中でツッコむ。

「それに私、嫌じゃなかったんだもん……」

「──えぇ?」

 物凄く長い間の後に、間の抜けた声が出た。

「ふふ、何でもなーい!」

 そう言うと、桜はご機嫌な様子でスタスタと歩いていく。

 何でもないって言われたって……。

 その後ろ姿をポカンと眺める翔斗であった。

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