第16話『雨の降る日』

「あーぁ、よりによってなんで今日雨なんだろうなぁ……」

 武下が部室の窓の外を恨めしそうに眺める。

「キミ達、明日が練習試合だってのに、これじゃ外で練習できないね」

 宮辺はユニフォームに着替えながら苦笑する。

「でも明日は晴れの予報だから、雨降ったのが今日で良かったじゃん」

 このポジティブ発言はもちろん翔斗である。武下は横目で見ながら「全くオマエらしいよ……」と少し嫌味を込めて言った。

 翔斗はそれを受け流すと、

「宮辺は練習試合、明後日だっけ?」

「そう。ベンチじゃなくスタメンでね」

 と嬉しそうに微笑む。

「あー、岩鞍先輩が明日のスタメンだもんな。かち合わなくて良かったなぁ宮辺!」

 悪意があるわけでもなく、武下はデリケートな部分を突く。宮辺は少し睨みながら、

「別に? かち合ったとしても僕がスタメンを取る自信はあったけど」

 いつになく鋭い表情に武下は一瞬たじろいだ。

「明日は白付とだったよね。勝ち取ってこいよ!」

 宮辺は翔斗に向けて笑顔で言った。

 白幡大付属高校、通称・白付と対戦するのは入部したての頃以来である。白付と再び当たるので、翔斗の気合いは相当なものだ。

 闘争心を燃やしながら、「おう!」と強く頷く。


 練習の休憩時間、喉が渇いた翔斗は給水タンクが置いてある所へ向かうと、桜の姿を見つけた。ボトルにドリンクを注ぎ分け、給水しに来た部員達へ配っているようだった。

 翔斗は少し躊躇したが、喉を潤したい気持ちが勝って貰いに行く事にする。

「あ、翔斗くん」

 翔斗の姿に気付いた桜は、えくぼを覗かせ「はいどうぞ」とボトルを手渡す。

「ありがとう」と受け取りながら、翔斗は桜から顔を背けた……。

 何となく、あの一件から気恥ずかしいのだ。桜の顔を見ると、どうしてもキスした事を思い出してしまい、まともに顔が見られない。

 一方の桜は、キスの事を気にしていないのか、普通に接してくる。

 翔斗にとってはそれも困る要因であった。

 決して避けたいわけではなく、今は自分の中で落ち着きを取り戻す為に距離を置きたい。しかしながら、家でも学校でも部活でも桜と顔を合わせるのは四六時中で、結果的に翔斗が意図して避けるしか方法がない、といったわけだ。

 そんな翔斗の事情を知る由もない桜は、

「大丈夫? 元気ないねぇ……」

 と、顔を覗こうとするが、

「大丈夫だ、心配すんな」

 翔斗は少しぶっきらぼうに言うと、その場をさっさと離れる。

 どうしたんだろう翔斗くん、練習試合前で気が張ってるのかな? と桜は後ろ姿を見つめながら思った。

「あのー、桜ちゃん。俺にもドリンクくれる?」

 武下の呼び掛けに桜は我に返り、

「あ、ごめんなさい!」

 と慌てて配るのであった。

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