第15話『マシュマロのような何か』
「よう佐久間。練習励んでるか?」
なんだか久しぶりの登場になるが、エースで三年生の岩鞍が翔斗を見つけると、声を掛けてきた。
「岩鞍先輩」
練習前のストレッチをしていたのを中断すると、翔斗は「こんにちは」と挨拶をする。
「どうだ調子は。オマエもレギュラー争いに加わるんだろ?」
男前オーラが全面に出ている岩鞍の姿に、何故だか翔斗は照れてしまいそうになる。
「はい! ベスト尽くします」
「今年の一年生は頼れる奴ばっかだからな。俺達三年生も、うかうかできないよ」
ハハッと岩鞍は笑うが、嫌味が全くない。むしろ爽やか!
「岩鞍先輩とプレーしたい奴、いっぱいいますよ」
翔斗は素直な気持ちを言うと、
「オマエとプレーしたい上級生も、いっぱいいるさ」
と、岩鞍は翔斗の肩を軽く叩いた。すると、
「自分は打倒、岩鞍先輩ですけどね!」
横から入ってきたのは宮辺だ。ニンマリ笑ってるのが逆に怖い。先輩に向かってなんて挑発的な発言を! と周りはドキドキしている。
「宮辺、オマエのその闘争心むき出しな所が俺は好きだよ」
周囲の反応とは裏腹に、岩鞍は優しい表情で言うと、
「どっちが背番号1を付けても、恨みっこなしだぜ?」
「望むところですよ!」
翔斗には、二人の間に一瞬火花が見えた気がした。
「意外だな、宮辺が岩鞍先輩をライバル視してたなんて」
翔斗は宮辺とペアを組んでウォーミングアップをしている。
「そうかな? ピッチャー同士だし当たり前じゃない?」
澄ました顔で宮辺は言うと、「まぁ、あの人とはちょっとした因縁があるから……」
「因縁?」
「小中同じ学校だったんだよ、岩鞍先輩と。あの人が在部中は、僕は一度もエースナンバーを付けた事がなかった」
すると宮辺はいつになく厳しい表情になり、
「悔しかったよ。先輩だから力の差があるのは仕方ないって周りは言うけど、あの人は常に下級生の時からエースだったんだ。それって先輩だからとか関係ないだろう? 実力だよ」
翔斗は黙って話を聞いている。
「だから、僕はあの人からエースナンバーを掴み取りたいんだ」
宮辺は鋭い目つきで言った。
「オマエって……」
ようやく翔斗は口を開くと、「すげぇ負けず嫌いなのな」
そう言うとフッと笑う。
「おい、オマエら何くっちゃべってんだ! 真剣にやれ!」
主将の大貫に怒鳴られ、慌ててウォーミングアップを再開する二人であった。
この日の練習は、バッティングがメインだ。桜はもっぱらボール回収をしていた。
「早乙女、ここは俺がやるから外野に回って佐久間と替わってきてくれ」
と上級生に指示され、桜は外野に向かうと声を掛ける。
「替わるよ。バッティングしておいで」
「お、サンキュ」
翔斗は手にしたボールをカゴに収め、
「悪い。まだ全然回収しきれてない」
見渡すと結構な量のボールが転がっている。
「ううん、大丈夫! これぐらいの方がやりがいあるし」
翔斗は思わず笑って、
「頼もしいじゃん。じゃあ後は任せた」
と、その場を離れようとしたその時だった。
「おい! ボールそっち行ったぞー!」
という声が、ホーム側から聞こえてきた。「え?」と桜はゆっくりと振り向く。
翔斗はマズイと思った。打球が、ちょうど桜の方向に勢い良く飛んでくるのが見えた。
誰だよ張り切って飛ばしてきた奴!
桜がようやく目前のボールに気付いたと同時に、翔斗が地面を蹴って桜に飛びついた。そのままかばうように桜を抱きしめながら倒れこむと、ボールが勢いをつけたまま翔斗の背中すれすれを通過する。
咄嗟に動いてなければ、確実に桜に命中していたはずだ……。それを考えると、翔斗は一瞬ヒヤリとした。
「おーい! 大丈夫かー!」という呼び声が遠くから聞こえてくる。
そこで初めて、翔斗は自分の口元に違和感を感じた。違和感、というか何だかマシュマロのような柔らかい物に触れている感じ……。
マシュマロ……マシュマロ?
「んんっ……ん!」
ふと、何かで口を塞がれているような桜の声がやけに近くで聞こえ、翔斗は、桜がナニで口を塞がれているのか分かったような気がして、ハッと目を開ける。すると案の定、桜の天然カール気味な睫毛が目に映った。
この状況はまさしく、キス。
「わぁあああああ!」
翔斗は結論に達すると、慌てて顔を上げる。
「はぁ……はぁ、やっと息吸えた」
頬を少し赤らめるものの、桜は至って普通の様子だ。(それともよっぽど酸素が足りなかったのだろう)
「ごめん! ワザとじゃないんだ、その……本当にスマン!」
何度も頭を下げて必死に翔斗は謝る。
「ううん、助けてくれたんだから謝らないで」
と、桜は微笑みながら「ありがとう」
「桜……ケガ、ないか?」
「うん大丈夫だよ。あの、翔斗くん」
桜が少し困ったような表情を浮かべると、
「身動き、取れない……」
翔斗はまだ桜に覆い被さっていた。
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