球児、天使と約束する。

第14話『レギュラーを狙え』

 梅雨入りが発表されたものの、連日雨の降る様子が全くない。こうも晴天続きだと、今年も野菜が高くなるわね、と言う主婦層の声が聞こえてきそうである。

 そんな中、空梅雨は野球部員にとって好都合だ。高校野球選手権県大会を来月に控えている為、グラウンドでの練習ができるかどうかは、本番での仕上がり具合を左右する。

 そしてこの大会を制した高校が全国へと進める。甲子園だ。

 高校球児の夢舞台への戦いは、もうすでに始まっている。


 朝練が終わると、部員達が集合し監督の早乙女が口を開く。

「来週から他校との練習試合を強化する。分かっているとは思うが、それぞれの出来具合を見て選手権大会のベンチ入りを決めていくから、そのつもりで挑むように」

 早乙女の言葉が、部員達の空気にピリッとした緊張を含めたものへ変えさせた。続けて一言二言話をすると解散となった。

「ありがとうございました!!」

 部員達の声の揃った挨拶が、グラウンドに響き渡る。


「とは言っても実際、一年生でレギュラー入りは狭き門だよなぁ……」

 翔斗は、部室で同期が溜息混じりに呟いているのを聞いた。

「だよなー。特に三年の先輩達は夏が最後だし、ぜってぇ熾烈なレギュラー争いになるよ……」

 と、もう一人がうなだれる。

 優勝すれば甲子園、負ければそこで引退となるので、三年生にとっては今度の選手権大会が高校最後の集大成でもある。

 今春は甲子園行きの切符を逃してしまっている為、並々ならぬ闘争心を燃やしている最上級生を見て、一年生が一歩引いてしまう気持ちも分からなくはない。だが……、

「僕はレギュラー狙ってるよ」

 ふいに宮辺が、相変わらずの王子スマイルで言った。

「宮辺……まーオマエだったらスタメンまではいかなくても、ベンチ入りはいけそうだよな。羨ましいよ」

 と、先程の同期が本心ながらも軽く笑ってみせた。すると、

「なーにビビッてんだよ。学年は関係ねぇだろ?」

 武下は着替えが終わり、ロッカーの扉を閉めながら口を挟む。

「そんなんじゃ一生かかってもレギュラー無理だな。気持ちで負けてんぜ」

「な、なんだよ武下……」

 少しムッとして楯突こうとすると、

「やめとけ」

 と、翔斗が声で止めた。

「言い方が悪いだけで、武下は最初っからレギュラー諦めるなって言ってんだよ。何も間違った事は言ってない」

「そそ! 俺の事分かってんじゃん佐久間♪」

 武下は調子良く翔斗の肩を叩く。

 罰が悪そうにしている同期を横目に、宮辺は、

「って事は、キミ達もレギュラー狙うんだね?」

 と尋ねる。二人はニッと笑いながら、

「当たり前だろ?」


「へー、今朝そんな事があったんだねぇ!」

 昼休み、おむすびを食べながら桜は目を丸くして言った。

「そう! あの時の俺のカッコ良さと言ったら……桜ちゃんにも見せたかったよー!」

 武下はご機嫌な様子で弁当を食べる。

「そもそも最初にキッカケ作ったのは僕なんだよ」

 ニコニコして言っているのは宮辺。

 ……っていうか、なぜにクラスが違うこいつらが一緒にメシ食ってんだ? と翔斗は思う。

 まぁでも、だいたい魂胆は読めてるけど。ったく、どーして泰賀中出身の奴はこうも女好きなのかねぇ……。

 頬杖を付きながら翔斗はおむすびを頬張っていると、

「翔斗くんは?」

 と、突如桜が話を振ってきた。

 翔斗は思いっきり「え?」と反応をすると、

「翔斗くんもレギュラー狙ってるんでしょ?」

 いつの間にかそんな話題になっていた。

「あ、あぁ……」

 という声に被さって、

「さくターン!」

 と、教室の出入口から呼び声が聞こえた。

 桜の中学からの友人・小柳万理だ。「さくタン」とは桜のあだ名らしい。

「ごめん、ジャージ貸してくれない? 今日体育あるの忘れてて!」

 万理は拝むように手を合わせる。野球部のマネージャーをしている桜が常にジャージを持っている事を知っているのだ。

「いいよ、部室に替えがあるから取ってくるね」

 と桜が言うと、じゃあ私も行く! と万理も一緒に付いて行った。

 その様子を何気なく見ていた三人衆は、

「そういえば、いつもどこで着替えてんだろ?」

「キミ、変な想像するなよ……」

 宮辺が少し睨む。してねーよ、と武下はツッコむ。

「あぁ、部員全員が帰ってから部室で着替えてんだよ」

 しれっとした翔斗の口振りに、二人とも雷が打たれたかのような衝撃を受け、

「なんでオマエがそれ知ってんだ?!」

「まさか! 佐久間なに覗いちゃってるの?!」

 最低! 痴漢! などと、もう非難の声が止まない止まない……。

「バ、バカじゃねーの! 部室に鍵付いてないから、誰も入って来ないようにドアの外で見張って欲しいって頼まれんだよ!」

 翔斗は少し必死に弁解する。覗き魔の称号なんて与えられた日には、監督にどんな仕打ちをされるか分からない。

「へー」

「ほー」

 それでも二人は冷たい目線を翔斗に浴びせた。

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