第13話『天使の笑顔』

 翔斗の驚くような固い守備の甲斐あって、三-二で北条高校が勝利した。入部したての一年生とはいえ、伝統の北条として白星をつけられた事は部員達も一安心である。

 帰り支度を素早くすると、長居無用とばかりにグラウンドを後にしていく。


「ありがとうございました!」

 北条高校のバスが停まっている場所に、先程まで戦った白付の部員達が見送りで立っている。

 その中に、三葉もいた。

 三葉は翔斗の姿に気付くと、「ありがとう」と目を合わせて言った。「こちらこそ」と翔斗は軽く頭を下げる。

「今日、会えて良かったわ」

 三葉は微笑んだ。翔斗は、

「俺も」

 と言うと、やっと昔馴染みの優しい笑顔を見せた。


「いやー、良い交流戦だったなぁ!」

 バスが発車すると、武下は歓喜の声を出した。

「オマエ、最初がピークで後は全然だったじゃんかよ」

 チームメイトが笑いながら冗談混じりに言う。

「うっせ、職人は実力を一気に出さねぇんだよ。なぁ、佐久間?」

「あん?」

「おい、治ったか? 恋煩い」

 と、武下は愉快そうに笑った。

 こいつ……後で締め上げてやる、翔斗は心の中で誓った。

「え。佐久間、恋煩いだったの?」

 宮辺が食い付くと、

「こいつの冗談に決まってるだろ」

 物凄く武下を睨み付けて翔斗は言った。


 北条の練習場に戻ってくると、監督から一言二言あり、解散となった。

 翔斗は武下を締め上げに部室へ向かう……と言うのは冗談である。着替える為に部室に入ると、

「オマエ恋煩いとか変な事言うな」

 声を潜めて武下に言った。すると逆に、

「佐久間さ、白付の美人マネージャーとはどういう関係なんだよ?」

 と、聞いてきた。

「はぁ?」

 なんだこいつ、的を射やがって。

「帰りに喋ってたじゃん、笑い合ったりなんかしてさー」

 ジト目をしつつ、制服を着ていく。

「……別に、中学ん時のマネージャーだよ」

「ほぉ?」

 武下は疑いの目を向けると、

「オマエさ、桜ちゃんの気持ち踏みにじるのだけは止めろよ」

「なんでそこで桜が出てくるんだ?」

 意味が分からんといった様子で言う。すると武下は、

「もーマジで、こいつイラッとするわー!」

 バタン! とロッカーを閉めて、さっさと出て行った。


「お疲れ様でした」

 翔斗が着替え終わって部室から出ると、片付けをしていた桜に声を掛けられる。

「お疲れ。まだやってんの?」

「うん、もうこれ片付けたら終わりだよ」

 と言いながら、干していた洗濯物を回収する。

「……そしたらさ、一緒に帰ろうぜ」

 大体は一緒に帰っているのだが、いざ誘うのは気恥ずかしい。桜は一瞬ポカンとするが、「うん!」と嬉そうに言った。


「珍しいねぇ、翔斗くんがわざわざ誘ってくれるの」

 帰り道を、桜はご機嫌な様子で歩いている。

「いや、家だと話しにくいから……」

 と、翔斗は走塁時で作った生傷に触れながら言う。

「痛そぅ……。帰ったらテープ貼り直そうね」

 なんだか幼い子供に言うような言い方だ。

「あの、今日はありがとう」

 翔斗は改まってお礼を言った。

「え?」

「いやその、桜が渇をいれてくれて助かったと言うか、吹っ切れたと言うか……」

「あ! あの時の? 私こそキツイ言い方して、ごめんね」

 桜は思い出すと胸が締め付けられそうだ。

「いや、あぁ言ってくれてなかったら俺降ろされてたわ」

 翔斗は真面目な顔をして、

「だから、ありがとう」

「うん……」と桜は少しだけ微笑むと、

「葵さん、でしょ?」

 翔斗は少し驚いた顔をする。

「葵さんの事、考えてたんだよね?」

「桜、なんで知って……」

 あっ、と思い出し、「三葉から直接聞いたのか」

 うん、と桜は頷く。

「あのね」

 桜は切り出す。

「葵さん、言ってたよ。お互いの為に、嘘を言って身を引いたって」

「……どういう事?」

「本人に直接聞いてみたら」

 その微笑みが、無理に笑ってるように翔斗は思えた。

「聞かないよ」

 意地を張るわけでもなく、言った。桜は「どうして?」というような表情をしている。

「俺は、今野球の事しか考えられないから」

 と、優しく微笑んで桜の頭をポンポンと叩く。翔斗は手を止めると、

「もう、半端な気持ちでプレーしない。他の何にも、心迷ったりしないから……」

 真剣な眼差しに桜は目を奪われる。

「だから、甲子園行くまでは応援し続けてくれないか?」

 と言った後で、「いや、もちろん桜さえ良ければだけど……」

 少し慌てて付け加える。すると、

「私がマネージャーになったのは……」

 桜はまっすぐ見つめて口を開き、

「翔斗くんを応援する為でもあるんだよ?」

 えくぼを見せて笑った。

 こんな天使みたいな笑顔でそのセリフは、ズルいよな……と翔斗は思ってしまった。

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