第12話『愛のムチ』

 スリーアウトチェンジとなり、北条の攻撃となった。

 翔斗はベンチに戻ると、誰かが近付いてくるのに気付く。

「交流戦とは言え、試合中だよ?」

 桜だった。

 いつもの天使のような笑顔が表情から消えている。

「えっ……」

「ずっとボーっとして、誰の目から見ても気持ちが入ってないよ。他のこと考えてるでしょ?」

 責め立てる口調ではないが、眉間に溝がくっきりとできている。

「ごめん……」

「そんな中途半端な気持ちで、グラウンドに立たないで」

 翔斗は返す言葉もない。桜の言っている事はもっともだ。

「この次……またこの次エラーしたら、マネージャーとして絶対に許さないから!」

 桜の声がベンチに響いた。その場にいた誰もが、固唾を飲んだ。桜ちゃんって怒ると怖いんだな、さすが鬼監督の娘……などという心の声まで聞こえてきそうである。

 翔斗は桜の顔をじっと見た。怒ったような哀しいような表情を、初めて見た気がした。

「私は……こんな翔斗くん見たくないよ」

 桜の目が、少し潤んでいる。

 こいつはいつも、まっすぐなんだな……。

 翔斗は、昨晩縫って貰ったゼッケンを思い出す。所々ガタガタになった縫い目が、なんだか笑えてくる。

 翔斗は桜の頭にトンッと手を置いた。

「マネージャーにそんな事言わせてごめん」

 そう言うと、そのままクシャクシャさせながら、

「桜、ありがとう」

 ニッと笑った。

 あ、いつもの翔斗くんだ……。

 桜はドキッとすると、頬を染めた。


 試合は六回裏、二-二の同点である。

 自分がミスして点を取られた分、キッチリ抑える。翔斗は腹に決めて守備についた。

 それに……もう二度と、桜にあんな顔をさせたくないしな。

 翔斗は声を出した。


「なんだよ、北条のショート。急に良くなってやがんの」

 白付のベンチでは、どよめいている。

「あいつだろ。佐久間、若鷹中の」

「マジか! くそ、せっかく調子悪そうだったのになー」

 部員達が嘆いてる姿を横目に、三葉はグラウンドの守備の方を見た。

 さすが、若鷹の守護神と恐れられた、ショートの佐久間だわ……。

 三葉は懐かしむ表情で微笑んだ。


 通常ならヒットになりそうな打球すら、翔斗はショートゴロに抑え、観る者を湧かせる。

「すごいすごい! しかもあの体制からの送球なんて神業!」

 ベンチにいる桜は、興奮気味だ。

「佐久間のヤツ、本領発揮ってとこかー!」

「マネージャーの愛のムチが届いたんだろうな」

 からかい混じりに部員が言うと、

「き、希望があれば……皆にも愛のムチ、送るよ?」

 自分で言っておいて少し恥ずかしそうに目を伏せる。その可愛さに、怒られたいかも……と、その場にいた部員達は思った。


 それにしても……。

 桜は翔斗を見つめる。

 まるで、初めて中体連で翔斗くんを見た、あの時のようなプレーをしてる。一瞬で心を奪われた、あの時のような。

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