第11話『想い出』

「今日さ、白付しらふから声掛けられたんだ」

 部活の練習が終わると、マネージャーの三葉に翔斗は話し掛けた。

「え、ホントに?! 凄いじゃない! あそこも野球強いよね」

 嬉しそうな顔をして三葉は言った。学年が上がる毎に大人びた顔付きになっていったが、笑うと子供の頃の面影がある。翔斗は三葉のそんな顔を見るのが好きだった。

 いや、好きなのは笑顔だけじゃなかったが。

「あ、でも翔斗は北条一本で決めてるんだよね?」

「あぁ! ただ、寮がないから通学大変になるけどなー」

 ハハッと翔斗は笑う。

「……私も、北条を受験しようかな」

 三葉はポツリと呟いた。

 もうすぐ高校の入学試験である。来週には志望校を提出しなくてはいけない。

「マジ? 三葉なら頭良いから余裕で受かるよ」

 そう言うと、「てか、オマエも北条に来てくれたら、すげぇ嬉しい……」

 少し照れたように言った。三葉は微笑んで、

「うん、考えとく」


 二人は相思相愛の仲であった。

 しかし、野球部の恋愛禁止令により公にはできない。そもそも二人は「好き」という気持ちを伝えた事がない。だが、そう思ってるんだろうなという事は互いに何となく分かっていた……。

 翔斗と三葉の住む地域には、高校が一つしかなく、それは野球部のない学校だった。野球を続けるには、翔斗は他の地域まで行かなくてはならない。そんな中、北条から声が掛かった。中体連での活躍も大きいのだろう。昔から北条に憧れていた翔斗は、二つ返事でその話を受けたのだ。

 その後も、いくつかの高校から声を掛けられたが全て断っていた。しかし、白付からのスカウトは正直心を揺さぶられた。あそこは最近、強豪校の仲間入りしつつあるし、私立なので設備が何より良い。そして寮完備。条件としては申し分ないのだ。

 それでも、自分は北条に行く、翔斗の強い意志は変わらなかった。


「私ね、北条には行かない事にしたの」

 卒業式の前の週になって、唐突に三葉は言った。

「え、合格したのになんで……」

 突然の言葉に翔斗は驚いた。

「うん……やっぱり通学に不便だし、引っ越すわけにもいかなくて」

 と、目を伏せる。長い睫毛が瞳を覆った。

「そっか。それは残念だな……」

「あのね」

 三葉は翔斗の目を見ると、

「私、好きな人ができたの」

 一瞬、三葉が何を言ってるのか分からなかった。

「だからその、ごめんなさい」

 二人の間に沈黙が流れる。

「わかった」

 翔斗が沈黙を破る。

「翔斗……野球頑張ってね。私、応援してる」

 これが中学生活最後の二人の会話となった。後になって、三葉が白付に行った事を風の噂で聞いた。


 翔斗は、ふと思い返してしまう。本当つい最近の出来事だよな、と乾いた笑いが出る。

 あれから野球の事しか考えないようにしてきたからか、思い出す事はほとんどなかった。だが一度思い出すと、その時の感情まで甦ってくる。

 試合中なのに、しっかりしろ、俺……。

 自分を奮い立たせるが、思考と体がなかなか一致しない。


「あ! また……」

 桜は思わず声を上げる。翔斗が送球ミスをしたのだ。

「ホント佐久間、今日調子悪いよなー」

「試合で緊張する、ってタイプでもなさそうなのにな」

「どうしたんだろうな、アイツ……」

 ベンチにいる部員達が心配そうに話す。

 翔斗くん……。

 桜は先程の、葵三葉との会話を思い出していた。

 ダメだよ。苦しい気持ちは分かるけど、上の空で野球をするのは、絶対ダメ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る