第10話『異変』
「おい、白付の一年のマネージャー見たか? すげー美人!」
北条の部員達が騒ぎ出した。
野球のグラウンドには目立ちすぎる美貌の持ち主を、相手チームが目ざとく発見してしまうのは、仕方のない話である。
「見た見た! 羨ましいよな、白付の奴ら!」
「俺もあの子に、ノックのボール渡して貰いてぇ!」
などと、ざわめいていると、
「そんなにまだノックしたいの?」
通りすがった桜が、キョトンと顔を出した。
「さ、早乙女! 全部聞こえてた……?」
騒いでいた部員達が焦り出す。
「えっ、なにが?」
そう通り過ぎて行くと一同ホッとする。
「確かに美人だけど、俺はやっぱ桜ちゃん派かなぁー」
武下は頬杖をつき、桜の後ろ姿をニマニマと眺める。
「僕も。早乙女一筋だよ」
王子スマイルで宮辺は同意する。
「なぁ、佐久間は?」
オマエら試合前に女の話なんかするなよ、と言われるかと思ったが、
「……俺に振るなっ」
とだけ言うと、考え事をしてる様子でストレッチを続ける。
これはどういう事だ? と周りの部員達は顔を互いに見合せあった。
「ただいまより、北条高校と白幡大学付属高校の交流試合を開始致します」
場内アナウンスが流れ、後攻の白付ナインが守備につく。
双方入学したての一年生とはいえ、やはり中学時代の強者揃いなので、どういう展開になるかは誰も予想つかない。
先攻の北条は、初っぱなからヒットを打ちツーアウト一塁の状態で、四番バッター武下のホームランにより二点を先制した。
しかしその後はアウトで抑えられ、追加点は得られなかったが、まずまずの出来である。
続く白付の攻撃となり、桜はベンチで隣に座る翔斗に「頑張ってね」と声を掛けたが、生返事が返ってきただけだった。
翔斗くん、大丈夫かな……と桜は少し心配になった。
アナウンスによる守備の紹介が終わり、ピッチャーの宮辺が、普段の優男っぷりを全く感じさせない一球を投げる。
さすが中学時代はエースなだけあって、見事に抑え込んでいく。だが、あと一人抑えられたらチェンジとなる場面で、打ち返されてしまった。
しかし大丈夫だ、この程度の打球ならショートの守護神が取ってくれる。
宮辺は信頼している翔斗をチラッと見たが、「えっ?!」と思わず声が出た。
ボールが翔斗のグローブを弾いてしまった。取り損ねたのだ。そして運悪く、弾かれたボールは逃げるようにグラウンドを駆け回っていく。
センターが走り寄りキャッチしたが、走者は二塁へ滑り込んでいた。
決して取るに難しい打球ではない。そんなまさかのエラーに、正直誰もが息を飲んだ。
「ドンマイ、ドンマイ! 気持ち切り替えていこっ!」
桜が空気を変えるかのように明るく声を出した。それに乗っかって、何人かが声を送る。
「なんだよ佐久間、緊張してんのか!」
「いつものオマエらしく行こうぜ!」
空気が再び元に戻る。
さすが早乙女桜だな、と宮辺は心の中で思った。
最後の一人を三振で抑えこみ、得点を与えずチェンジとなった。
「北条のマネージャーって可愛いよな……」
「俺も思った! いいなぁ。あんな声援俺も貰いたい……」
所変わって、白付のベンチである。
部員達が身を前に乗り出して、北条側のベンチを眺めている。
「それだったら、スタメンに入れるよう頑張れば?」
背後から声が聞こえた。
「げっ、葵……!」
「オマエ痛いところ突くなよ」
「あら、本当の事じゃない?」
ニッコリ笑うと、「いつまでもベンチメンバーでいたいなら、別に何も言わないけど」
キレイな顔をしてなかなか手厳しい。
三葉にこう言われては、グウの音も出ない部員達だ。ほんと葵には敵わないよなーとグチグチ言いながら、大人しく引き下がっていく。
三葉は視界が開いたグラウンドを眺めると、北条のベンチに目をやる。
翔斗……。
あんなミスを見たのはほぼ初めてかもしれない。それほどミスをしない男なのである。
でも、と三葉は思った。
きっと私のせいなんだろうな……。
白付のピッチャーがボールを投げる光景を、三葉は他人事のような気分で見ていた。
佐久間の様子がおかしい……。
武下は、レフトの位置から翔斗の後ろ姿を見る毎に感じた。
さっきから捕球がおぼつかない上に、送球ミスまでしている。いつもなら完璧に守れているような場面でも……。
それは、いつ選手交代されてもおかしくないような状態だった。
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