第8話『桜の気持ち』
この日、二日後に迫った交流試合のメンバーが発表された。
「――以上の者がスタメンだが、コンディションにより入れ替わる場合もある。各々気を抜かずベストを尽くせ、いいな」
監督である早乙女が、威圧感たっぷりに話す。
「はい!!!」
緊張感を交えて、叫ぶに近いボリュームで一年生達が声を張り上げる。
解散となり監督が立ち去ると、緊急が少しほぐれた空気になった。
「お疲れ様でした!」
マネージャーの桜が、片手を口元に添えメガホンにすると、
「ゼッケンを配ります! 番号が間違ってないか確認してから受け取ってください」
元放送部員なので声量がある上に聞き取りやすい。桜は片手に持ったゼッケンを一人一人に手渡し始める。
通常、公式戦以外でゼッケンを付ける事はないが、早い段階で背番号を意識させる事で反骨精神を植え付けようという少々強かな慣わしがあるのだ。
「えーと、宮辺くんは……はい、1番」
「ありがと、早乙女」
宮辺は王子バリの笑顔を見せる。この人はいつも爽やかだなぁと、桜は思った。
「はい。武下くん、8番」
すると武下は苦笑いをして、
「桜ちゃん、俺レフト。7番なんだけど……」
「あ、ごめんね!」
桜は慌てて取り替える。
「だんだんマネージャーが板についてきたよね、桜ちゃん」
武下が感心した口調で話しかける。
「え? そうかな。失敗ばかりだけどねー」
「ううん、よく頑張ってると思うよ」
と言うと声を潜めて、「今度お家に電話しても良いかな?」
すると武下の隣にいた翔斗が、
「ダメに決まってるだろ」
と、入り込んだ。
「桜はオマエとお喋りしてる暇ないの」
「なんだよ佐久間……」
俺の口説きを邪魔するなよと、武下はブツクサ文句を垂れる。
「早乙女、こっちにもゼッケンくれよー」という声が聞こえ、
「はい、ただ今!」
桜が駆けて行こうとすると、
「えっ、おい。俺のゼッケンは?」
まだ貰っていない翔斗が呼び掛ける。
桜は翔斗の方を向き、6番のゼッケンを見せて、
「私が付けるの」
と、少し頬を赤らめた。
「ありがとう……」
自分で付ける手間が省けるから助かったと思いつつ、くすぐったいような嬉しいような、よく分からない感情がやってくる。
「すげぇ羨ましいんですけど」
嫌味を込めて武下が言った。
「あら、桜。まだゼッケン縫ってるの?」
茜は居間に入ると声を掛けた。
他に数人の部員から縫い付けを頼まれて、桜は快く引き受けたのだ。
「手伝おうか?」
決して不器用な方ではないのだが、何故か裁縫だけ恐ろしく下手な娘を見かねて、母は言った。
「ううん! 大丈夫、これぐらい出来なきゃ」
ありがとうと笑い、桜はチクチク縫っていく。(必死に)
茜はフフッと、青春って良いわねと思いながら、
「じゃあ先に寝ちゃうね」
「うん、おやすみなさい」
居間から出て行く茜を見届ける。
しばらく悪戦苦闘を続けていると、
「あれ、まだやってたのか」
なんだか茜と同じ事を言って、お風呂上がりの翔斗が入って来た。
「もうすぐで終わるよー」と言う桜の手元を見て翔斗は、
「……もしかして、裁縫苦手?」
と、聞いた。
桜はドキッとする。
「やっぱり、分かる? 縫い直した方が良いかな?」
「いいんじゃない。そのままで」
思わず笑った。
「でもね! 翔斗くんのが一番良い出来になりそうなの……って言ったら、他の人に失礼か」
「あ、それ俺のなんだ」
よく見ると6番のゼッケンだ。
「ありがとな、桜」
「ううん、私が縫いたかっただけだから」
そう言ってフフッと笑う。
桜ってたまに思わせぶりな発言するよなぁ、天然で男子を勘違いさせられるんじゃないのか、などと分析する翔斗である。
「私ね、中学時代放送部だったって言ったじゃない?」
桜がふと話し始めた。
「あぁ。そうだったな……」
「野球部のね、アナウンスをよく頼まれてて。練習試合とか公式戦、あと中体連でもウグイスした事があるの」
「へぇ」
よく通る声だからぴったりだなと、翔斗は思った。
桜は縫う手を止めずに、
「アナウンス席から見てると、選手達が一生懸命プレーしてるのが凄く伝わってきて。その光景が好きだったんだぁ」
はにかむように笑う。
「それでマネージャーになろうと思ったんだ?」
「うん……変、かなぁ?」
おずおずと聞く。
「いや」
翔斗はフッと笑い、
「好きなら良いんじゃない? 俺だって、好きで野球やってるんだし」
それを聞いて桜は、「うん!」と嬉しそうに頷いた。
「出来た!」
桜は縫い終えたゼッケンをポンッと叩くと、「気持ち、込めときます」
「ハハッ、すげぇ効果ありそう」
翔斗は優しい表情で笑った……。
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