第7話『頼りになる男』

「またなんでマネージャーになろうと思ったんだ?」

 朝練が終わり、後片付け等をしていて、あとから教室へとやってきた桜に翔斗は聞いた。二人は席も隣同士である。

「え?」

 桜は自分の席に着きながら、「それは……」

 どう答えたら良いものかと言い淀んでいると、

「早乙女さんさぁ、そうまでして男子を取り込みたいわけ?」

 クラスの女子三人がやってきた。

「今朝見たよー、随分チヤホヤされてたじゃん。野球部のマネージャー? そんなにモテたいの」

 と、もう一人がニヤニヤしながら言う。

 今時のギャル風な女子達だ。地味というわけではないが、一見大人しそうな桜に、男子の人気が集まるのが面白くないのだろう。

「おい……」

 翔斗が、我慢ならずに口を挟もうとすると、

「そんな中途半端な気持ちじゃないよ……」

 桜が呟いた。

「は?」

「半端な気持ちで野球部のマネージャーは務まらないって言ってるの。チヤホヤされてるだとか、モテたいだとか、二度とそんなこと言わないで!」

 キッパリとした口調で桜は言った。

 まさか反論されるとは思わなかったギャル風の女子達が、ポカンと驚いている。すると、

「マネージャーって簡単そうに見えるかもしれないけどな……」

 翔斗は口を開き、

「地味に力仕事だし、自分が疲れてても常に気を回してなきゃなんねぇし、モテたいって理由でとてもできる仕事じゃないんだぜ」

 と、その女子達を見た。

「わ、悪かったわよ……」

 これ以上からかうとマズイと思ったのか、すごすごと引き下がっていった。

「ありがとう、翔斗くん」

「いや、別に……」

「嬉しかったよ。いまの言葉」

 桜はえくぼを見せて微笑む。瞳が、少し潤んでいた。

 それを見ると翔斗は頬を掻き、

「……さっきの桜、カッコ良かったな」


 他校との交流試合まであと数日となったある日。スターティングメンバーを決める為の紅白戦が行われた。

 一年生同士の小手調べなのでそこまでする必要はないのだが、他校との勝負となれば万全の体制で臨むのが北条の方針である。

「お、佐久間は白チームか。お手柔らかに頼むよー」

 武下は翔斗の肩を叩く。

「全力でかかってこいよ?」

 翔斗はニッと笑った。

 おぉこわっ、と冗談混じりに笑い、武下はその場を後にする。

 入れ違いに、「佐久間」と呼び掛けられ、

「同じチームだな。よろしく頼む」

 武下と同じく泰賀中学出身の、宮辺優太と言ったか。

 武下曰く、泰賀のエース中のエースだったらしい。今日も先発で起用されている。

「宮辺、後ろで守ってるから安心して投げろな」

「そう言ってくれるとホッとするよ」

 柔らかい表情で笑った。高くはない背丈も手伝って、どことなく優男な印象を受ける。

 翔斗に気を許したのか、

「佐久間に前から聞こうと思ってたんだけどさ」

 と、宮辺は言葉を続けた。

「早乙女桜と付き合ってるの?」

 翔斗がその言葉を理解するまでに時間がかかった。それぐらい予想だにしない質問だったのである。

 とてつもなく長い間があり、

「はぁ??」

 と、ようやく反応した。

「あれ、違うの? いつも早乙女といるから、そうかと思った」

「居候してるからそう見えるだけだろ」

 翔斗は眉を寄せる。

「じゃあ、僕が好きになっても良いって事だね」

 宮辺は翔斗を見ながらニコニコとしている。

「ごめん、俺そっちの趣味はないから……」

 翔斗は焦って目を反らすと、

「誰が佐久間って言ったよ! んなわけないだろ!」

 と、突っ込まれた。


 紅白戦は、宮辺の好投により紅チームになかなか点を与えなかった。

 唯一、四番バッターで打席に立った武下が、六回表にタイムリーヒットを飛ばし二点を返したが、それ以外はショートの守護神が見事な中継プレーを見せ、ヒットを阻む。

 桜は不慣れなスコアブックを必死につけながら、その戦い模様を熱い眼差しで見ていた。

 真剣に白球を追い掛ける部員達の姿に、心を打たれる。マネージャーとして精一杯の事をしようと、改めて心に誓った。

 結局結果は、宮辺の完投勝利であった。本人としては完封できなかったのが悔しいところだ。

「お疲れ」

 翔斗が宮辺に声をかけた。

「佐久間、キミには助けられたな」

 実際、翔斗の活躍がなければ満塁になっていた場面もある。

「俺は俺の仕事をしただけだよ」

「はは……」

 宮辺は軽く笑うと、

「本当、頼りになる男だ」

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