第6話『舞い降りた天使』

 今年の新入生の入部者は二十五人。中学時代に活躍してきた県内屈指の球児ばかりが選りすぐっている。その中でも──。

「あいつだ、若鷹中の佐久間」

「まさか影の守護神がいるとはな……」

「俺さぁ、中体連で若鷹と当たったんだけど、あいつ抜群に飛び抜けてたぜ」

「マジで? そんな奴と一緒なのか……」

 中体連でその名を轟かせただけあって、翔斗を見るなり口々に声を立てる。

「あぁ、痛ぇ……」

「どうした武下?」

「さっきから視線がチクチク刺さってんの。さては皆、この打撃の名手に嫉妬してんな」

 武下の勘違いである。

「そいつは良かったな」

 と、翔斗は言ってやった。

「それにしても……」

 武下はグラウンドを見渡すと、「今日こそは練習できると思ったのに、一年生は草むしりかよ」

 と、落胆する。

「だよな。俺も思ってもみなかったよ」

 さすがの翔斗も苦笑いするしかなかった。

「試合近いのになー……」

 二週間後、他校の一年生同士で毎年恒例となっている交流試合があるのだ。

「おいオマエら!! 喋ってないでちゃんと草むしれ!」

 と怒鳴ってきたのは、三年生で野球部主将の大貫朋也だ。北条の頼れるキャッチャーで岩鞍の女房役。強豪校の主将らしい厳しい性格が全面に出ている。

「すみませんでした!」

 翔斗と武下は慌てて謝ると、真面目に作業に取りかかるのであった。


「おかえり、翔斗くん」

 家に着くと、桜が出迎えてくれていた。

「……ただいま」

 サービス良いな、と思っていると、

「今さっきね、翔斗くんのお母さんが見えてたんだよ」

 桜は嬉しそうに言った。

「ここに?! なんで?」

 入学式に来る事は知っていたが、早乙女家に訪れる事は聞いてなかったのである。

「翔斗くんの事、くれぐれも宜しくってご挨拶に」

「そうか……」

「もう少ししたら翔斗くんが帰ってくるって言ったんだけど、バスの時間に間に合わないからって帰られちゃった……」

「あぁ、終バスの時間が早いんだよ。田舎だから」

「そうなんだ……」

 桜はニコッと笑い、

「疲れたでしょ! お風呂沸いてるからどうぞ」

 と、明るい声で言った。

「サンキュー」

 翔斗もつられて笑った。


 翔斗がお風呂に入っている頃、居間で新聞を読んでいる父に、桜は話し掛ける。

「お父さん、話があるんだけど……」

 いつになく真剣な娘の表情に、早乙女は新聞を畳んだ……。


 次の日、野球部の朝練の為に翔斗は早く起きてくると、

「あ、おはよー。翔斗くん」

 桜が制服を着て玄関で靴を履いていた。

「おはよ……って、え? まだ六時前だけど」

 これから登校する雰囲気の桜に驚く。

「ふふ、今日は早朝出勤なの。いってきまーす!」

 冗談混じりで言い、桜は出て行ってしまった。

「……なんだ、あいつ?」

 翔斗は欠伸をすると、洗面所へ向かった。


「よーう、佐久間ー!」

 野球部の練習場へ向かっていると、武下に出会した。

「よぉ」

 こいつは朝からでもこのテンションなんだな、と翔斗は羨ましくも思えてくる。

「今日から朝練だな! しかしまぁ、どうせまた一年生は雑用事なんだろうよなー。一体何の為に早起きしたんだか……」

「オマエ、情緒不安定だな」

 気分が上がったり下がったりしている武下に、翔斗は言い放った。

「あれ?」

 部室に入ると、翔斗は思わず声が出た。

「どうした?」

 後ろから武下が尋ねる。

「いや……道具が用意されてるし、部室が整頓されてるような」

「誰かがやってくれたんじゃねーの?」

 特に気にならない様子で、武下はさっさと部室に入る。

「そう、だよな」

 どこか引っ掛かったが、翔斗もひとまず着替える事にした。


 着替え終わった翔斗と武下は部室を出ると、練習場に人だかりができていた。

「なんだ? あの騒ぎは……?」

 近寄ってみると、

「新しくマネージャーが入ったみたいだぜ!」

 と、先輩部員が興奮気味に言っているのが聞こえた。

「え?! 本当ですか?」

 嬉しそうに武下は食い付く。

「そこにいるのがそうだよ」

 指差した方向を見ると……、

「桜?!!」

 と、翔斗は目を疑った。

 それは、まぎれもなく今朝会ったばかりの桜であった。

 体操服を着て、長い髪を下の方で二つに結び、白線を引いている。その姿に部員達の歓喜の声が絶えない。

「可愛い……! ツインテール最高!」

「えくぼが堪らん! こっち向いて笑ってくれー」

「天使! キミはグラウンドに舞い降りた天使だ!」

 監督が見ていたら激怒するのではないかと思う程の賑わいである。

「やべー! まさかマネージャーが桜ちゃんだったとは! これはやっぱり運命なのかもなー!」

 武下は目を輝かせている。

「ここはアイドル劇場かっ」

 声を低くしながら、翔斗は呟いた。

 桜が今朝早くに家を出たのはこういう事だったのか、と納得する。

 それにしても……。

 桜が早乙女監督の娘だという事を皆知っているのだろうか、などと翔斗は余計な心配をするのであった。

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