第5話『春らんまん』

「あいつ、支度遅いな……」

 翔斗は新しい制服に身を包み、早乙女家の玄関で待っていた。

 今日は北条高校の入学式である。

「ごめんね、お待たせー」

 桜が階段を駆け降りてきた。

 自慢のロングヘアが、念入りにブローされている。翔斗は桜をまじまじと眺めながら、

「今日やけに気合い入ってんな?」

 と言うと、桜は、

「そ、そうかなぁ? いつもの桜です」

 少し恥ずかしそうに靴を履く。

「てか、女子の制服ってそんななんだ」

 ノープリーツのふんわりした裾が特徴的なジャンパースカートの上には、丈の短いボレロ風のジャケットが羽織られている。お嬢さん学校のような制服だ。

「凝ってて可愛いよねー。北条の制服人気なんだよ!」

「へぇー」

 ちなみに男子はごく普通の学ランなので、不公平感が否めない……。

「じゃあ行こっか」

 翔斗は玄関のドアを開けた。


 早乙女家から北条高校までは、徒歩十五分と近い距離にある。

「今日から正式に野球部員だねぇ」

 通学路を翔斗と歩きながら、桜は言った。

「あぁ。やっと練習場に立てる!」

 監督の指示で、春休み中ずっと雑用をさせられていたのである。

「翔斗くんの活躍、楽しみにしてるね」

 桜はえくぼを見せて笑った。

「任せとけ」

 と言うと、「そういえば桜はどこか部活入らねぇの?」

「うーん……」

 桜は声を詰まらせ、「考え中」

「そうなんだ。中学では何かやってたのか?」

「うん、放送部だよ。でも北条にはないんだぁ」

「それは残念だなっ、桜の声すげー良いのに」

 深い意味はなく、翔斗はサラッと言った。

「え?」

 桜は頬を赤くし、「ありがとう……」と照れて俯いた。すると、

「げっ……」

 翔斗は、ある人物が視界に入った。

「よー! 佐久間ー!」

 と、手を振りやってきたのは武下である。

 それを見ると翔斗は小声で、

「桜、逃げろ……」

「どうしたの?」

 翔斗の忠告も虚しく、

「桜ちゃん! やっと会えたね!」

 と、武下は桜の手を握りしめた。

「あ、あなた誰ですか?!」

「そりゃないよ桜ちゃーん! こないだ会ったばかりなのに……ほら佐久間、俺のこと紹介しろよ」

「誰がするかっ」

 翔斗は武下の手を桜から掴み剥がす。武下は構わずに、

「俺、武下陸って言うんだ。一年生で野球部員、中学では打撃の名手だなんて勝手に呼ばれてて……」

 意気揚々と喋っていると、

「あ! もしかしてこの間翔斗くんと一緒に帰ってたお友達?」

「友達じゃねぇ」

 ボソッと否定したのは翔斗。

「そうそう! やっぱり覚えてくれてたんだねー! こんな可愛い子と知り合えて嬉しいよ。これからもヨロシク♪」

「う、うん……よろしくね」

「桜、別にこいつとよろしくしなくて良いから」

 武下に呆れながら翔斗は言った。


 入学式は午前中で終わり、クラスのHR後に下校となった。翔斗は野球部の練習場へと向かう。

 二年生も三年生も今日は授業がないので、午前中から練習をしていた。

「おっ、佐久間か」

 練習場に着くと、三年生の岩鞍いわくらが声をかけてきた。──春休みずっと雑用の仕事を任されていたので、翔斗は大体の先輩達に名前を覚えられていたのである。

「岩鞍先輩。こんにちは!」

「入学おめでとう。オマエの入部、心待ちにしてたよ」

「ありがとうございます!」

 と、軽くお辞儀をする。

「一緒にプレーできるのを楽しみにしてるよ。早くレギュラー取れな」

 そう言うとピッチングに戻っていった。

 岩鞍 紀明のりあき、北条切ってのエースである。

 一年の頃にレギュラーを取り、その夏の甲子園で先発投手を務め、以降マウンドで見ない日はないレジェンド的エース。性格も偉ぶる事なく、至って穏和。その甘いマスクで老若男女問わずファンが多く、憧れの的だ。

 そんな岩鞍に話し掛けられ、意気揚々と翔斗は部室に入ると、

「なんだ、もう来てたのか」

 と、武下を見つけて言った。

「オマエなぁ、そうまでして桜ちゃんと一緒にいたいのかよっ!」

 武下が睨み付ける。

「はぁ?」

「なんで佐久間と桜ちゃんが同じクラスで、俺だけ違うんだー!」

 今度はおいおいと泣く。

「隣のクラスなんだから良いじゃねーか」

 翔斗は冷静に返し、着替え始めた。

「桜ちゃんに手出したらぜってー許さねぇからなっ!」

 武下の目が少し本気だ。

 バカバカしい、と翔斗は思いつつ、

「オマエが一番出しそうだろ」

 と、言い放った。

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