第3話『モーニング』
翌朝──
翔斗はランニングから戻り、台所から物音がしたので覗いてみると、
「あら、おはよう佐久間くん。もうすぐ朝御飯できるからね」
笑顔で言ってきたのは、桜の母つまりは早乙女の妻・茜である。
桜のえくぼと容姿は、この母親譲りだ。
「あ、おはようございます。何かお手伝いします」
と翔斗が台所に入ると、
「いいのよ、それは桜の担当だから。それに、そんなところ監督に見つかったらうるさいわよ」
茜はふふっと笑う。
「すみません……」
昨日のあの剣幕から、暇があるなら自主連しろという事なのだろうと翔斗は理解し、頭を掻く。
「おはよー」
桜がトコトコとやってきた。
「おはよう」
「おそよう桜。今日は珍しくお寝坊さんね」
と言いながら、茜はお盆を渡す。
「ん、ごめんね」
桜はそれを受け取ると、「翔斗くん着替えてきたら?」
「え?」
「運動してきたんでしょ、浴室使って良いからさっぱりしてきて」
「あぁ……そうだな! ありがと」
翔斗は言われた通りにその場を離れると、茜が肘で桜の腕をつついてきた。
「ちょっと何よ、お母さん?」
あやうく、お盆に乗せていた味噌汁をこぼす所だった。
「桜。良かったね、憧れの佐久間くんと一緒にいられて♡」
なかなかミーハーな母親である。
「もー。なに言ってるのよ!」
「佐久間くんの嫁っぽかったわよ、今の♡」
「お母さん……また私の漫画勝手に見たでしょ」
桜は呆れながらそう言うのが精一杯だった。
「いただきます」
食卓に並べられた朝御飯を、四人は黙々と食べ始める。翔斗が早乙女家で迎える初めての朝御飯という事で、茜は腕によりをかけ、少々作り過ぎてしまったらしい。白米に味噌汁、焼き鮭、納豆は早乙女家の定番だが、そこにオムレツ、生姜焼き、筑前煮、ナポリタン、何故だかフルーツがたっぷり乗ったパンケーキまで用意されている。いくら食べ盛りとは言え、どこのビュッフェだろうか……。
「そういえば、今日から野球部の練習が始まるんだっけ?」
桜は監督である父親に何気なく聞いた。
「あぁ」
早乙女は納豆をかき混ぜながら、「佐久間」と呼ぶ。
「はい」
翔斗は箸を止める。
「オマエら新入生の練習は来週からだが、今日からの練習見に来い」
「えっ、ありがとうございます」
「それと食べ終わったら素振り百五十。終わってから練習場に来い」
「はい!」
そう返事する翔斗を見ると、桜は茜と目を合わせた。
「ねぇ、大丈夫?」
桜は庭で素振りをしている翔斗に話し掛ける。
「何が?」
「お父さん、初っぱなから飛ばしてるから。翔斗くんついてこれてるかなぁって心配で……」
翔斗は素振りの手を一旦止めると、
「そんなに飛ばしてるかなぁ? まだ生温い方だと思うぜ」
と、また再開する。
「でも……」
「桜、途中で話し掛けるな。何回スイングしたか分からなくなる」
「あ! ごめん……」
桜はその場から立ち去ろうとすると、
「なぁ、俺を誰だと思ってるの?」
今度は翔斗が話し掛ける。
「影の守護神、ショートの佐久間……」
「わかってんじゃん」
と言うと、翔斗はニッと笑った。
桜はその表情を見ると頬を染めて、「がんばって」と呟いた。
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