5
千綾がイタリアへ発って1年の月日が流れた。
「お、鈴屋。今日が卒業式だっけ?」
バイトの夜勤明けで煙草を吸っていると、巧は玉木に声をかけられる。
「そうっす。」
「おまえ卒業の日ぐらい夜勤入れるなよ。」
と苦笑いをして、「良かったなぁ。無事に就職決まって。」
と、封の開いてない煙草を巧へと差し出した。
「え?」
「俺からのシケた就職祝いだ。」
巧は微笑むと、
「ありがとうございます。」
と、それを丁寧に受け取った。
「そういえば、留学中の彼女どうしてる?」
玉木はふと思い出して聞く。
「いや…分かんないっす。」
と言いながら、目を細めた。
「おまえまだ連絡取ってなかったのか?」
「取れないんですよ。あいつSNSやってないし、向こうでの連絡先聞いてないから…」
「そっか。」
玉木は煙草に火を着ける。
「戻ってくるのを待ちますよ。」
ニッと笑って、巧は言った。「じゃ、俺はこれで。」
煙草の火を消しその場を離れる巧に、
「鈴屋!」
と、玉木は声をかける。
「はい?」
「言い忘れてた。卒業、おめでとう。」
初めて見る優しい表情をしていた。
巧は少し驚きながらも、「ありがとうございます。」
と、笑い返した。
*****
卒業式が終わると、巧は歩いて家に帰っていた。
仲間内の打ち上げ会に誘われたのだが、なんとなく気が乗らないので断った。
学生生活もこれで終わりと感慨深くなるのかと思ったが、さほどしんみりした気持ちにはなっていない。
誰もこの地域を離れるわけではないので、連絡を取ればいつでも会える。そんな距離感が手伝っているのかもしれない。
―まぁ日本国内であれば、会いたい時に会えるわな。
そんな事を考えていると、見慣れた車が巧の横についた。
ウィンドウが下りると、
「アンタなんで電話に出ないのよ!」
「姉ちゃん?!」
姉・梓であった。
「いいから早く乗って!!」
逆らうとただじゃおかない様子に巧は恐怖し、言われるがまま助手席に乗った。
「一体なんだよ?」
車が発進するなり巧は尋ねると、
「千綾が日本に戻ってくるのよ!昨日連絡が来てた。」
前方を見たまま梓は答える。
「え…」
「アンタには伝えるなって言われたけどね。」
「なんで…」
「怖かったんだと思うよ、来てくれなかったらどうしようってね!」
梓はアクセルを深く踏んだ。
「あ!」
と、巧は何かを思い出すと、
「姉ちゃん、家に寄ってくれ!」
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