第9話

「これかな」

「わあ、可愛くてきれいな色。これは何ていうお花なの?」

「ゼラニウムだよ。ゼラニウムには友情の意味があって、黄色のゼラニウムには【予期せぬ出会い】っていう固有の花言葉があるんだ」

「予期せぬ出会い、かあ。確かに、お花屋さんで松波くんに会うとは思わなかったな」

「僕も。びっくりしたけど、うちに来てくれて嬉しかった。これは、僕から君に贈るよ」


 ゼラニウム一本だけだと寂しいので、かすみ草を添えてラッピングしたものを彼女に渡した。

 少しだけ、彼女の頬が桃色に染まっていた気がしたけれど、きっと夕陽のせいだろう。


「買いにきたのに、もらっちゃってもいいの?」

「うん」

「そんなスマートに女の子にお花をあげちゃうなんて、誤解されても知らないよ?」

「えっ、誤解ってなに……」

「なんて、冗談だよ! どうもありがとう」


 彼女のいう【誤解】の意味は察したけれど、わからないままでいいやと思った。

 嬉しそうに受け取ってくれた彼女を目にしただけで、心が満たされていく。

 病院近くの花屋が実家なんて嫌だって思っていたけれど、倉本の笑顔を見ただけで、僕はここの花屋の息子でよかったと思えた。

 自惚れかもしれないけれど、今彼女は、心から笑っているような気がする。


「やっぱり、お花をもらうって嬉しいね。お母さんもね、松波くんが選んでくれたお花、すごく喜んでくれたよ」

「そっか、ならよかった」

「松波くんは……自分のことすごく下に見ているけど、もっと自信を持ってほしいな。誰かを笑顔にさせているのって、お花の力だけじゃないと思う!」

「……ありがとう」

「うん! じゃあ来週、また学校で会おうね」


 彼女はそう言い残して、一本の花束を持って帰っていった。

 誰かを笑顔にさせているのは、お花だけの力じゃない、か。それって、僕が選んでアレンジしたからって言いたいのかな。

 いまいちピンとこなかったけど、なぜか嬉しかった。きっと、彼女なりの褒め言葉だったのだろう。

 もっと、自分自身を好きになってあげてもいいのかもしれない。

 卑屈な考えを捨てて、ポジティブに生きていくほうがいいのかもしれない。


 今すぐに、今の自分を捨てることは到底無理だろう。今は前向きなことを考えていても、学校にいけばまた僕はクラスメイトをランク付けて、自分を最下位に位置付けるだろう。

 でも、これまでと確実に違うのは、僕のなかには倉本と過ごした夏の時間があるということだ。


 それが何かを変えるわけでも、奇跡を起こすわけでもないけれど。

 少なくとも僕は、生まれてはじめて、夏の終わりが来るのを楽しみに感じている。



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向日葵にさよなら。 タキザワ @takizawa

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