第8話
母さんと顔を合わせるのは気まずいけれど、仕方ない。余計なことを言わないといいけど。
「いらっしゃいませ。あら、あなたは一度工に会いに来てくれた子よね? 今日はどうしたの?」
「こんにちは。今日は買い物にきました」
「そうなのね、どんなお花がいいのかしら?……工、お友だちのことは母さんに任せて出掛けていいのよ。病院にいくんでしょ?」
「……いや、もういかなくていい。あと、倉本の接客は、僕がやるから」
嫌な予感が的中した。倉本には僕が病院にいこうとしていたこと、知られたくなかったのにな。
母さんは意味深な笑みを浮かべて「ごゆっくり」と言いながら二階に上がっていった。
「松波くん、病院に行く用事があったの? いかなくて大丈夫?」
「うん。急ぎじゃないから」
「え、ダメだよ。私が来たせいで予定を変えちゃうんでしょう? お見舞いだったらもう受付終わっちゃうよ?」
「いや、その……実は、倉本のことが心配になって、病院にいこうとしただけで……ごめん、引くよねこんなの」
適当にごまかせばいいのに、どうしてできないのだろう。
いままで他人に本音を話すことなんてなかったのに、彼女の前だと調子が狂ってしまう。
ああ、これで本当に嫌われちゃったかもしれない。別に、好かれたいと思っていたわけではないけれど、そうなったらさすがにへこむ。
「ありがとう、心配してくれて。ごめんね。あのあと、すぐにお母さん退院できたんだ。退院手続きに手間取って、あとバイトやお母さんのフォローで自分の時間がなくって。松波くんにも報告したかったんだけど、連絡先知らなかったから……」
「いや、報告する必要なんてないよ。僕はただの病院近くにある花屋の息子っていうだけなんだから。……でも、お母さんが退院したのだったら、もう花を買う必要はなくなったんじゃない?」
「今日はね、自分のために花を買いにきたの」
「自分のため?」
「うん、だからね、松波くんに選んでほしいんだ。私に似合う花! あ、一本からでも買えるかな? 恥ずかしい話、お金がなくて」
恥じらうように笑う倉本はとても可愛くて、ここら辺にある花よりも華やかだった。
心が高揚しているのは、彼女に見惚れたからではなく、花を選んでほしいといわれたからだと思う。
どうして、彼女は自分のために花を買いにきたのだろう。
なぜ、僕に選んでほしいのだろう。その意図がまったくわからない。
でも僕は、不思議と、倉本の期待に応えたいという気持ちしかなかった。
「もちろん、一本からでもいいよ。じゃあ、選ぶから少しだけ待っていて」
「嬉しい! ありがとう」
倉本の視線を背中に受けて、彼女に似合う一本の花を選び始めた。
この前、彼女の本音を聞かなかったら、間違いなく向日葵を選んでいたと思う。
太陽に向かってまっすぐに伸びる、見ているだけで気持ちが明るくなる花。
眩しくて、いつも輝いてみえて、そんな自分に自信があるようにみえた。
でも、それは本当の彼女ではなかった。
本当はいつも不安を胸に抱えて、それを笑顔で隠そうとしていた。
向日葵のようになろうとしても決してなることができない、蒲公英のような存在なのかもしれない。
それだけじゃないのかもしれない。僕はまだまだ彼女のことを知らない。
彼女の行動にはいつも驚かされるのがいい例だ。なにも知らないのに、彼女のイメージに合う花なんて選ぶなんてできないだろう。
できないから、僕は……僕が彼女に贈りたい花を選ぶことにしよう。
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