第7話

 アイスを一緒に食べた日以降、倉本が店に顔を出すことはなかった。

 うちに来るということはそれだけ入院が伸びているということだから、来ないに越したことはない。

 それなのに僕は、また倉本が来たらどんな話をしようかということばかり考えていた。

 花に詳しいのは素敵なことだって誉められたから、花言葉についていろいろ教えてあげようかな、とか。なんでもない学校の話題を出してみよう、とか。

 まるで恋をしたかのように浮かれていたのかもしれない。

 刻一刻と夏休みが終わりに近づくにつれ、倉本と話した時間は本当に現実だったのかとすら感じるようになっていた。


「よくうちに来ていた鈴木さんとこのおばあちゃん、亡くなったらしいよ」

「そっか、だから最近みなかったんだ……」


 夏休みも残り一週間に差し迫ったころ、母さんがふとそんな話をしてきた。

 鈴木さんは母さんと同年代で、うちに来るたびに世間話をしていたからよく覚えている。

 うちに来なくなる理由は、お見舞い相手が退院したからというだけではない。お見舞い相手がいなくなってしまうという、悲しい理由があるということに気がついた。


『毎日不安なんだ。もしお母さんが死んじゃったら、って思うと……』


……ふと、倉本がか細い声で話していたことを思い出す。

 彼女がうちに花を買いに来ないのは、てっきり彼女のお母さんが元気になったからだと思っていた。

 でも、もしそうじゃなかったとしたら、倉本は部屋で一人泣いているのだろうか。

 いや、そんな縁起でもないことを考えてはいけない。過労と夏風邪だって言っていたし、万が一のこともないだろう。

 でも、もし実は本当は重い病気で、それを娘に話していなかったということもあるかもしれない。あるいは、倉本は全てを知っていて、僕に話さなかっただけかもしれない。

 倉本は元気にしているだろうか。

 倉本のお母さんは、元気になっているだろうか。

 こうやって心配になっても、僕は彼女の携帯番号を知らない。こんなことなら、勇気をだしてあのとき交換しておけばよかった。


「どうしよう……」

「どうしようって、何が?」

「気になることがあるんだけど、確かめる方法がないんだよね」

「本当になにもないのかしら。頭から抜け落ちているだけかもよ」

「そういうもの、なのかな」

「何か思いついたらすぐに行動していいわよ。今日はもうお客さんも来なそうだし」


 気がつけばもう夕暮れ時で、確かにお見舞いのピークは過ぎている。たしか、前に倉本が来てくれたのもこのくらいの時間だったな。

 電話番号も連絡先も知らないのに、どうやって彼女が元気か確認すればよいのだろう。

 僕が知っているのは、倉本が近くの市民病院に通っていたということだ。


「……ひとつあった」


 店の窓を拭いている最中にひとつだけ方法を思い付いた僕は、すぐに掃除をやめてエプロンを脱いだ。


「ちょっと出掛けてくる」

「遅くならないようにね」


 駆け足で二階にいき、財布の入った鞄をつかんで再び一階へと戻った。

 店を出て外に出ようとしたとき、花の手入れをしている母さんに声をかけられた。


「ちなみにどこにいくつもり?」

「……市民病院」

「どうしたの、急に。誰かのお見舞いに行くなら、何か持っていきなさいよ」

「いや、大丈夫」


 病院には、倉本のお母さんが退院したのか確かめにいくだけだ。

 個人情報だから教えられないって言われるかもしれないけど、いくだけいってみようと思った。

 母さんにいちいち説明したくはなかったから、適当に話を合わせてお店を出た。


 店を出て左に曲がり、急ぎ足で坂を下ろうとしたとき、


「あれ、松波くん? 今からお出掛けなの?」


――久しぶりに聞く、彼女の声が背中越しに聞こえた。


「倉本……久しぶり」

「久しぶり、かな? 最後に会ったのは三週間くらい前かな」


 具体的に期間を言われると、そう久しぶりでもないような気がした。

 ぱっと見た感じ元気そうでほっとしたとともに、どうして彼女がここにいるのかが気になってしまう。


「それで、今日はどうしたの?」

「今日も、花を買いにきたんだ。なかに入ってもいいかな?」

「もちろん」


 僕は倉本とともに、さっき出たばかりの店に入った。

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