第5話
「……病院に入院しているのは、お母さんなの」
その沈黙を破ったのは、倉本のほうだった。それでも僕はなんて答えたらいいかわからず、ただただ彼女の次の言葉を待つ。
「うちの家ね、母子家庭なんだ。お父さんとお母さんは私が幼稚園の時に離婚した。それからお母さんは、昼も夜も私のために働いてくれた。私には見せなかったけど、すごく無理していたみたいで……過労で倒れたの」
「じゃあ、病気で入院しているわけじゃないんだ」
「うん、でも夏風邪もこじらせちゃっていて、入院が長引いちゃって。重い病気ではないのだけれど、毎日不安なんだ。もしお母さんが死んじゃったら、って思うと……」
「そんな! きっと、すぐに退院できるよ」
病状とか何も知らないくせに、どうして無責任なことを口にしてしまったのだろう。
でも、少しでも前向きに考えてほしくて、言わずにはいられなかった。
「ありがとう。ただの過労だもん、きっと大丈夫よね」
そして、彼女の話を聞いて僕は、改めてあの時の質問が失言だったということに気づく。
「あの、今朝の質問のこと……ごめん。倉本の気持ちも考えないで、変なこと聞いちゃって」
「ううん、いいの。むしろ、あの時ああ聞かれてはっとしたんだ。こんな時でも笑顔を作っているなんておかしいって」
「笑顔を作っている?」
「そう。私ね、こういう家庭環境だからお母さんに心配かけたくなくて、いつも笑顔でいることにしたの。友達に意地悪されたり、部活の試合に負けて悔しかったりしても、いつも笑っていた。ずっとそうやって過ごしていくうちに、笑顔でいるのが当たり前になっていったの」
彼女はいつの間にかソフトクリームを食べ終わっていて、コーンだけを手に持っていた。
僕はシャーベットを食べるのも忘れて、こんな話をしても笑っている倉本の横顔に目を奪われていた。
オレンジ色の空は深い闇の色に着替え始め、彼女を照らしていた光は消えていく。
「……でも、さすがにお母さんが倒れたのに笑っているのはおかしいって気づいたの。私、お母さんのお見舞いに行く時まで仮面を被っていたんだなーって」
「ごめん、僕の発言のせいでそこまで考えさせてしまって。お母さんに心配かけないように笑顔でいるって、すごく素晴らしいことだと思うよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな。でもね、なんていうか、自分でも知らないうちに“もう一人の私”を作りあげていたんだって思ったんだ。このままだと、本当に悲しいときも笑っていそうな気がして……急に怖くなった」
なんとなくだけど、彼女は感受性が豊かで、繊細なんじゃないかと思った。
僕なんかの言葉でここまで深く考えなくてもいいのに。いろんな人に異なる意見を同時に言われたら、一体どうなってしまうのだろう。
――もしかして、心がパンクしないように、笑顔という壁を作って守っていたというのか。
「……Aランクの人も、悩んだりするんだなあ」
「Aランクって、何?」
「あ、いや……」
倉本が心を開いて話をしてくれたからか、アイスをもらってうれしかったからか、はたまた夜風にあたって気分がよくなっていたからか、僕はとんでもないことを口走ってしまった。
クラスの人間をランク付けしているなんて知られたら、間違いなく軽蔑されるだろう。どうにかして彼女の聞き間違いだと思わせられないだろうか。
「いま、私のことをAランクって言ったわよね? そのランクって、どうやって決まっているの?」
……どうやら、もう言い逃れはできなさそうだ。僕は心を決めて、ランクについて説明しようとした。
「えっと、それは……僕のなかで勝手につけているもので。決して誰かを馬鹿にしているわけではないから、怒らないでほしいんだけど」
「大丈夫だよ、多分。誰にも言わないから話してみて?」
“多分”という言葉に若干の恐怖を感じつつ、クラスの人気者はAランク、地味で目立たない人はCランク、その中間はBランクと考えていることを話した。
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