第4話

 よく考えれば、どうして「笑っているの」なんて質問をしてしまったのだろう。いままでろくに話したこともなかったくせに、何で踏み込もうとしたのだろう。

 倉本が話しやすくて、笑いかけてくれるから、許されるような気がしたのだろうか。

 僕はお客さんである彼女に対して「ありがとうございました」と言えずに、ただ呆然と外の景色を眺めていた。

 倉本のお見舞い先が来週も入院していたとしても、きっとうちにはこないだろう。

 枯れない花を買ったからではなく、僕に会いたくないだろうから。

――そう思っていたからこそ、彼女の本日二日目の来訪には腰が抜けるほどに驚いたんだ。


「工(こう)、ちょっと出てきてー」


 店の手伝いを終え二階で休憩していたとき、母さんから声をかけられた。

 もう夕方で、ほとんどお客さんはやってこないはずなのだけれど、どうしたのだろう。何個も花束やアレンジメントを注文されたのだろうか。


「どうしたの? 急ぎの仕事? って、倉本……?」

「こんにちは。また来ちゃった。もうお手伝いは終わり?」


 階段を下って店に顔を出すと、そこにはなぜかまた彼女の姿があった。

 どうしてここに倉本がいるのだろう? 一日に二回も花を買いに来る客なんてそうそういないし、失礼なことを聞いたばかりだっていうのに。

 まさか、僕に苦情を言いにきたとか? でも、ぱっと見そんなに機嫌悪そうじゃないいけど。


「工、なにぼーっと突っ立っているの? 倉本さん、工にアイスの差し入れ持ってきてくれたんだよ」

「倉本が、僕に、アイスの差し入れ……?」


 そう口に出してみたものの、どこか現実味を帯びていなかった。

 倉本のほうを見ると、確かに手にスーパーの袋をぶら下げている。


「うん。よかったら近くの公園で一緒に食べたいなって思って」

「倉本が、僕と、一緒にアイスを食べる……?」

「松波くんが忙しくなかったら。早くしないと溶けちゃうし、行くなら早く行こう?」

「わ、わかった……母さん、ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃい。工も意外とスミにおけないのねぇ」


 母さんの冷やかすような態度を見て、あらためて接客のときは僕ひとりでよかったと思った。


「この前ね、いつもと違う道を歩いていたら公園を見つけたの。小さいけど、人が少なくて落ち着きそうだなって思って」

「そうだね、ブランコと砂場くらいしかないけど……それでも子供の時は、楽しい場所だなって思ってた」


 倉本と僕は、店の近くにある小さな公園に来ていた。ところどころペンキがはがれたベンチに座り、誰もいない砂場を眺める。


「甘いのとさっぱりしたのとどっちがいい?」

「……倉本が先に選んで」

「じゃあ、甘いのにするね」


 彼女は袋からカップアイスを取り出して僕にくれた。オレンジ味のシャーベットは、夏バテした体に染みそうだ。

 倉本はチョコとバニラのミックスソフトクリームを持っていた。丁寧にプラスチックのふたをはずし、角の部分をペロリと舐めた。

 その仕草はどこかあどけなく、でも少しだけ色っぽく見えた。

 オレンジ色の空が彼女を照らして、いつもよりも綺麗で、なぜか儚げだった。


「シャーベット、おいしい?」

「うん。……どうもありがとう」


 もっと味の感想なんかも伝えられたらいいのに、緊張してお礼を言うのが精いっぱいだった。

 どうして僕はいまここにいるのだろう。どうしてCランクの僕が、Aランクの彼女のとなりで、彼女が買ってくれたアイスを食べているのだろう。

 倉本の意図が分からない。何か話したいことがあるのか、それともどうしても急にアイスが食べたくなったのか。聞いてみたいのに、勇気がなくて木製のスプーンでシャーベットをほぐすことしか出来ずにいる。


 当然二人の間には沈黙が走っていて、それはまるで鉄の塊が両肩に置かれているかの如くに重いものだった。

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