第3話

 倉本が再びうちにやってきたのは、それから一週間後のことだった。


「松波くん、おはよう。夏休みの宿題は進んでる?」

「まあ、バイト以外やることないから」

「そうなんだ、こつこつ進めていて偉いね! 私なんて学級委員なのに、まだ手もつけていないの」


 僕が倉本となんでもない会話をしているなんて、クラス中の誰もが想像もしていないだろう。

 何より自分自身が一番驚いている。まあ、彼女は花を買いにきただけであって、そこにたまたま僕がいただけなんだけど。

 それよりも、今週もまた花を買いにくるってことは、お見舞い相手は長期入院の予定なのだろうか。その人との関係も気になるけれど、デリケートかつプライベートなことなので聞いてはいけない。


「それで、今日もお見舞い用に買いにきたの?」

「そうなの。あ、先週買った向日葵のアレンジメント、とっても喜ばれたよ。どうもありがとう」

「それならよかった。今回も向日葵? それとも、違う感じにする?」

「今回はプリザーブドフラワーにしようと思うの。生花もきれいだけれど、枯れてしまうと寂しくなるから……この棚にあるものから選んでもいいのかしら?」

「うん」


 倉本は、今日もまた向日葵のように明るい笑顔で話をし、商品を選んでいた。まるで今から好きな人にでも会いにいくのかっていうくらいに、楽しそうにみえる。

 白のTシャツにジーンズとラフな服装なのに、どうしてこうもキマッているのだろうか。僕もエプロンの下は同じような格好をしているのに、彼女とは雲泥の差だ。


「……じゃあ、これにしようかしら」


 彼女が指差したのは、桃色の薔薇が印象的なものだった。黒い箱の中に花が敷き詰められていて、箱を閉じてリボンを巻くだけでプレゼント仕様になる。


「わかった。ラッピングするから少しだけ待ってて。この前より待たせないから」

「気にしないで。こんなに花に囲まれていたら全然退屈しないから」


 僕は手早くラッピングを済ませ、透明の袋にいれて彼女に手渡した。

 それにしても、どうして今日も店番が僕だけなのだろう。一人のときの方が珍しいのにな。

 でもまぁ、もしここに母さんがいたら、彼女に余計なことを言うかもしれないからいなくてよかったかも。


「お待たせしました」

「どうもありがとう! きっとまた喜んでくれると思う」


 お会計をすませて商品を手渡した彼女は相変わらずの笑顔で、それにどうしても引っ掛かってしまって――口に出さずにはいられなかった。


「あの……」

「ん? どうしたの?」

「どうして笑っているの?」

「え?」

「うちにくるお客さんは、みんなお見舞い用に買っていくから……どこか悲しそうな顔をしていることが多いんだけど、その、倉本はいつもと変わらないから」


 僕は、言いたいことを全て話すまで彼女の顔を見ていなかった。商品を手渡して、お釣りをレジにしまいながら話していたから、全然気づかなかったんだ。

 彼女が、ショックを受けたような顔をしているということに。


「あっ、ごめん、変なことをいって。ただ、その……」

「ううん、いいの。私、どんなときでも笑顔でいるっていうのがクセになっちゃって。確かにそうだよね、おかしいと思う」


 なにかが粉々になって壊れてしまった、そんな瞳をしていたのに、倉本はまたすぐに笑顔を作っていた。


「私、もういかなくちゃ。ラッピングありがとう。じゃあ、またね」


 彼女はまるで逃げるようにして、店を出ていった。

 その様子をみて、僕は触れてはいけないことを触れてしまったということに気づいた。

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