第2話

「すみません……」

「はい。って、き、君は……」


 心細そうな声のしたほうを向くと、そこには私服姿の倉本がいた。花を買いにくるのは慣れていないのか、店内をきょろきょろと見渡している。

 夏休み四日目は太陽を睨みつけたくなるほど暑いというのに、倉本は汗一つかいていない。麦わら帽子と白のワンピースはとても爽やかで、ここは避暑地なのかと錯覚するほどだ。


「あれ? もしかして、松波(まつなみ)くん?」


 彼女は僕のほうをみると、教室にいるときと全く同じ笑顔を向けた。

遠巻きにみていただけのその微笑みが、今初めて僕だけに向けられた。しかも、僕の顔と名前を覚えてくれていたなんて……。

これはCランクの自分にとっては天地がひっくり返るほどに衝撃的なことで、すぐに返事が出てこなかった。


「うん、ここ、うちの親の店」

「へえ、そうなのね。おうちがお花屋さんだなんて、すごく素敵だね」

「うちは素敵じゃないよ。……ところで、何か用事?」


 なんとか言葉を絞り出したけれど、かなり不愛想になってしまった。倉本はクラスメイトである以前にお客さんだというのに、にこやかに接客するどころか目をみて話すこともできない。

 こんなことなら、母さんに「店番くらい一人でできる」って言わなければよかった。


「実は、お見舞いにお花を持っていきたいの。でも、どんなお花がいいのか全く分からなくて。松波くんに選んでもらえたら助かるな」

「……生花だったら、アレンジメントがいい。世話が簡単だから。それか、枯れなくて世話が不要なプリザーブドフラワーがいいよ」


 倉本が花を買いに来た理由はなんとなく分かっていた。倉本だけじゃなく、うちにくる大半のお客さんも同じだからだ。

 うちの花屋は市民病院の近くにあるため、大半のお客さんはお見舞い用に買っていく。その関係でお見舞いに適さない花はおかなくなり、代わりにプリザーブドフラワーを扱うようになった。

 お客さんはいつも悲しそうな顔をしていて、その表情を見るたびに暗い気持ちになる。

 僕が倉本に「うちは素敵じゃない」と言ったのは決して謙遜しているわけではなく、こういう理由があるからだ。


「アレンジメントっていうのは、どういうものなの?」

「バスケットなんかにスポンジを入れて、それに花を挿していく。花束に比べて世話が楽だからお見舞いには人気だよ」

「じゃあそれ一つお願いします。全部お任せしちゃっていいの?」

「うん。うちはお見舞いに不適切な花はおいていないから、安心してくれていいよ」


 僕はそう話しながら、向日葵を何本か手に取った。向日葵は明るくて元気が出る花だから、お見舞いとしても人気が高い。倉本のイメージにもぴったりだし、花選びに迷うことはなかった。

 バスケットの中に水をしみ込ませたスポンジを入れ、適度な長さに切った花を挿していく。

 うちの店は作る過程を見てもらうために、お客さんと向かい合って作業をする。それを今まで何とも思っていなかったけど、今日は違う。

 知り合いがお客さんとして来るなんて初めてだし、相手は今日初めて話したばかりの人気者だ。学校のアイドル的存在だといっても過言じゃない。


 そんな彼女が、僕の一挙手一投足を見ていると思うと気が気じゃない。全身に力が入って、額が汗でにじんでいく。

 本当にこのチョイスで良かったのだろうか? 花の向きは変じゃないか? 万が一すぐ枯れてしまったらどうしよう。

 いつもなら考えないようなことが頭のなかを巡ってしまい、いつもより完成するのに時間がかかってしまった。


「ごめん、大分時間がかかっちゃって……。こんな感じでどうかな」

「すごい! とってもかわいくて、もらったら絶対に元気が出ると思う。本当にありがとう!」


 完成品を彼女にみせると、彼女はうちの商品に匹敵するほどの華やかな笑顔で応えてくれた。


「ありがとうございました」


 お会計を済ませた彼女の背中を見送った。倉本はもう病院に向かったというのに、僕の目にはまだ彼女の笑った顔が焼きついている。

 率直な感想を言えば、すごく可愛かった。遠目で見ていた時よりの何十倍も破壊力があった。

 でも、ただ可愛いと感じるだけじゃなかった。どちらかといえば、ある違和感の方が強く残っていた。


――どうして、彼女は笑っているのだろう。

 うちにくるお客さんのほとんどはお見舞いのためにやってくる。接客をしているときは笑って話してくれるけれど、そのほとんどが作り笑いだろう。

 お見舞い相手の病状を心配している気持ちが表情の裏からかいまみえて、いつも切なくなる。

 でも、倉本にはそれを感じられなかった。教室にいる時と同じように明るかった。


 今から誰かのお見舞いにいくのに、どうして普通に振る舞えるのだろう。

 もしかしたら、僕がいた手前、わざと元気に振る舞っていたのかもしれないけれど、彼女の笑顔がどうしても気になって、頭から離れなかった。




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