向日葵にさよなら。

タキザワ

第1話

 はじめて彼女を目にしたとき、例えるなら向日葵のような人だと思った。

 いつも明るくて、笑顔がまぶしくて、きらきら輝いているようにみえたからだ。


 彼女が向日葵なら、僕はそのそばに生えている雑草あたりだろう。大きな花のせいでまともに日光を浴びられず、かといってそのことを主張することもできない。

 ずっと太陽を見ている彼女は、決して僕の存在に気づくことはない。


 同じ教室で時を共有していても、同じ世界で生きているわけじゃない。

 人気者の彼女と、地味で目立たない自分の線が交わることなんてあるはずがない。


――あの夏の日までは、確かにそう思っていた。


 これは、僕と彼女が、学校から離れた場所で少しだけ時間を共有したときの物語だ。

 別にドラマチックなことがおきたわけではないし、ときめくような恋愛が生まれたわけでもない。


 ただ、ほんのちょっとだけ、狭い世界で生きてきた僕に光を差してくれた。

 そして、おそらく彼女の中でも何かが変わった、そんな時間だったと思う。


 きっかけは、高校二年、夏休みに入ったころ。

 彼女がいつもと変わらぬ笑顔で、僕の家に花を買いにきたことから始まった。



 *****


 一学期最後のホームルームが終わると、教室内はいつもよりも賑やかな雰囲気に包まれた。


 午後の授業がないのに誰一人帰ろうとしないのは、明日から友と顔を合わせる回数が減るからだろう。


 室内の至るところから「夏休みはどこか旅行に行くの?」という問いかけや「またラインするからね」という声が聞こえてくる。

 特に多く声をかけられているのは、学級委員かつ次期生徒会長の倉本(くらもと)あおいだ。


 今日に限らず、彼女のまわりにはいつも人が集まっている。成績優秀で運動神経もよく、リーダーシップもある。かといってそれらを自慢することはせず、誰に対しても優しく接することができる。さらに小動物系の可愛らしい見た目は男子からも人気で、クラス内でも倉本を狙っているやつは少なくないだろう。


 いつもどんな時でも笑っていて、その底のない明るさを花で例えるなら向日葵だと思う。


「倉本さん、夏休みはなにしてんの?」

「シフトたくさんいれちゃったから、バイト三昧かな。いま人が足らなくって大変なの」


 倉本を好きな男子は多いだろうけど、それを態度に出すことができるはほんの一握りである。

 人気者の彼女に釣り合うルックスや才能を持つ――このクラスにおける目に見えない階層のうち、最高ランク【A】に位置する――ものだけだ。


「そっか、大変だね。こっちはいつでもいいからさ、空いている日があったら教えてよ。適当に誘って海でもいこう」

「わあ、とっても楽しそう! また予定確認して連絡するね」


 教室のど真ん中で楽しそうに話すAランクの人々はとても輝いてみえて、同じ空間にいても違う世界に生きているように感じた。

 最下層のCランクにいる自分には、夏休みの予定を聞いてくれる女の子なんて一人もいない。さっき男子数人が聞いてきた程度で、僕の答えは偶然にも倉本と同じ「バイト三昧」だった。


 帰り支度が終わって教室を出ても、特に気にも留められない。特に秀でた才能もなく容姿に恵まれていない存在は、どこにいたって影なのだ。

 倉本が向日葵だとすれば、僕は大きな花のせいで太陽の光を浴びることのできない、小さな雑草というところか。


 いつからだったかよく覚えていないが、クラスメイトを三階層で分けるようになっていた。そしていつも僕は、自分を最下層に位置付けている。

 別に将来を悲観しているわけではない。自分自身の立ち位置を客観的にみて、うまく立ち回っていこうとしているだけだ。


 女の子にモテたいとか目立ちたいとか、そんなことを考えると落ち込むだけ。変な期待は捨て、身の丈に合う生き方をすればいい。

 CランクはCランクの人間とだけ付き合っていけばいい。


――ずっとそう考えていたからこそ、彼女が僕の店を訪れたときの驚きは相当なものだった。




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