14.霧の洋館

 セリカが治めるアストイル家。その北には、昔から濃霧に囲まれた洋館があった。俺たちは勝手にそこを『霧の洋館』なんて呼んでいる。あんな霧まみれの森の中に、よく住もうと思ったな……とたまにおもうこともあるが。

「そういえば、あの家に行く日も明日だったわね」

「ちゃんと支度したのか?」

「えぇ、面倒だわ」

「そんな澄ました顔で言うなよ……」

 皆でデザートを食べ、長い夕食が終わった。未だにアイスの味の討論をする、ノアとヴィンの声が耳に残る中、俺はセリカの部屋で彼女の外出の準備を手伝っていた。当の本人は、俺の話に答えながらぼーっと『霧の洋館』を眺めているだけなのだが。

「行きたくないなぁ……」

「でも仕方ないだろう? 血縁なんだから」

「なんであんなところに住むかなぁ……」

 そう、あの館にはセリカの血縁「アストイル家」が住んでいる。本当はあっちの館が本家で、今住んでいるこの館は別荘。セリカが実際、家族との不仲が原因で家を飛び出したのだ。そのため、両親が亡くなってからは他の家族とは距離を置くことを決め今はこの館に住んでいる。俺やヴィン、リアは分裂する前からアストイル家に仕えていた召使。本家よりもセリカについて行くことを決めた少数派のもの好きたちだ。

「そんなに、家族と会うのは嫌か?」

「家族……あんなの家族って言うのかな」

「……まぁ、血は繋がっているから一応認めざるを得ないな。嫌かもしれないけれど、俺も行くし大丈夫だろ?」

「嫌だなぁ……。私の家族はここにいるのに」

セリカは窓ガラスをコツコツと指で叩いたり、時折ため息をつきながら『霧の洋館』を眺めている。

「明日はご両親の命日なんだろう? さすがに……」

「でもお父様もお母様も私を捨てて、あんな馬鹿なお兄様を取った。私の意見を完全に切り捨てて……そんなことしたからアストイルは終わったのに」

「…………」

「どうせあいつは馬鹿だから、まだ冥界との接触を考えているんでしょ。私たちが死者と繋がること自体が無理なのよ……そんなことで家が壊れるなんて、私には耐え……」

「まぁ、とりあえず喪服は用意した。気に入らなかったら、リアに頼んでくれ。俺はちょっと仕事があるから……」

「……わかったわ。ありがとう、ギル」

 俺はセリカには少し大人っぽい、黒色のワンピースをベッドに優しく置いて部屋を出た。そして俺が次に向かうのはノアの元。明日の準備についてとルナについて、聞きたいことがあったからだ。

「ノア、いるか?」

 とりあえず、彼女の部屋へ訪れるがノックをしても返事は無い。しかたない……片っ端から居そうなところを探すとするか。調理室、倉庫、物置き部屋、リアの部屋、セリカの部屋とグルグルと回ったがいない。一応……と思い、何も無い空き部屋や俺の部屋も回ったがやはり姿は無かった。

「となると、後はヴィンの部屋……? あいつが他人を自分の部屋に入れる事なんてあるのか……?」

 そう考えながら一階の角部屋、ヴィンの部屋へと向かう。そこへ向かうほど、何だか不思議な甘い香りが強くなっていく。スイーツのような甘さでも、メープルのような甘さでも無い不思議な香りだ。

「何だこの香り……?」

 ようやく部屋が見えてきた所で、俺は違和感を覚えた。思わず膝をついて、赤いカーペットに触れる。

「……何かが染みている?」

 そして、その染みはヴィンの部屋前が一番濃い。よく目を凝らさないとわからないが、確実に何か液体を零した跡がある。

「ヴィン……いるか?」

「ドアから離れろ!!!」

「は……うおおおあっ!?」

 扉の前に立ち、ノックしようとしたとき突然の声に反応し、反射的に身を翻した。するとその刹那、扉を貫通して五本ものナイフがものすごい速度で飛んできた。あれに刺されてたら確実に……そう思うとゾッとした。

「何をしてるんですか、ギルバートさん。私を探すために屋敷を周っているとリリアナさんに聞いて来ましたけど……」

「の、ノア……? お前どこにいたんだ……」

「庭で変な物を見つけて掃除していましたけど……?」

「へ、変な物ってなんだよ……まぁ、それは後にして。とりあえずこれはなんだ……?」

「……静かにしていればわかりますよ。」

 そう言って静かにしてみる。するとヴィンの部屋の中から、クチャッバキッ……と決して心地のいいとは言えない音が聞こえてきた。

「……狩ってきた動物の解体か」

「そういうことです。」

「こいつの部屋のドアが壊れる時って、解体をしている時に人が部屋に入ろうとした時なのか。鍵かければいいのに……何てシステムだ」

「結局奥の部屋の鍵はかかっているんですよね。」

……まぁ、自分の身は自分で守れるっていう証明じゃないですか?

 そう言ってノアは壁に刺さったナイフを抜いた。そしてナイフを持って少し眺めていた。

「それより、私に用があるんですよね?」

「あ、あぁ」

 思わぬことが起き、俺はうっかりノアに話したい内容を忘れかけていた。

「明日、セリカの両親の命日だ。それであの北の洋館に行くって話は聞いてるだろう? 支度は出来たのか?」

「大丈夫です。」

「そうか。じゃあもう一つ……お前、ルナが贄になったってセリカから聞いてどう思った」

「別に、何とも……?」

どうしてそのようなことを?

 首を傾げ、ノアは俺にそう尋ねた。……本当に、暗殺者なんてものは面白くない奴だ。どうして幼馴染を『死んだ人間』のように扱われて、何とも思わないんだ

「お前……幼馴染が死人扱いされているんだぞ。そんなことで……」

「……あなたこそ、私を知っているみたいに言わないでください」

 そうピシャリと言うと、ノアは唇を噛みしめながら見上げて俺を見た。怒りを覚えているのだろうか……初めてみた怒りの表情に思わず、俺は一歩下がってしまう。

「ルナはもういない。彼女は殺された! 同じ暗殺者に……!! ウィルクリスに触れたという理由だけで!!」

「そして、エレノアは彼女に会いたいと望んだ」

 聞き慣れない女性の声がすぐ近くから聞こえた。その声の主を探していると、コンコンッと静かに窓を叩く音が響いた。

「……お久しぶりです、ギルバートさん」

「お、お前は……!!」

 そこにいたのは、かつての仕事仲間である女性がいた。『霧の洋館』に残った人物である。

「な、なんであんたが……」

「…………明日の、『死者の祭り』についての連絡を持ってきました」

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