9.静寂の世界③

「じゃあ、武器はこれくらいでいいかしら? 銀のナイフなら戦いやすいんじゃない?」

「そうですね、ありがとうございますお嬢様。」

「ありがたくお借りします……」

「……で、俺らはセリカのボディーガードと。」

「な、なんでセリちゃんはこんな危ないものを近くで見るんですか!!」

「………………」

 結局、椅子を片付けた尋問室に全員が集まった。理由はセリカが観戦をしたいがため。それはさすがに危ない、ということで結局召使い全員は掃除を中断させ彼女のボディーガードを務めることにしたのだ。

「ノア、ルールはどうするの?」

「そうだな……本当はどちらかが動けなくなるまでやりたいが、さすがに時間が無いからな。相手のナイフを全て落とさせ、相手の首にナイフを突き付けたら勝ちとしよう。」

「わかった。それならあたしは負けないよ。」

 そう言ってノアとルナは静かに距離を取り、お互い五本の銀のナイフを構えた。緊迫した空気が流れる。

「っ……!!」

 ノアが目に見えないような速さでナイフを一本投げたことで空気が変わり、お互いが動き出した。ルナはそのナイフを最小限の動きで避け、華麗な動きでノアを追う。

「これなら……!!」

 ルナは持っていたナイフを三本取り出し、目の前にいるノア目掛けて三方向から狙った。ノアはそれに怯える事無く、避けながらルナとの距離を近づけて行った。これも読み切っていたルナは壁を伝って飛んでくるナイフを避け、反対の壁に刺さった自身のナイフを引き抜く。

「すごいっ……しかもとても綺麗な戦いだわ。」

「おいおい……ここのカーペット最近変えたばっかりだぞ。次は壁紙も変えないといけないじゃないか……」

「だ、大丈夫だよ、ギル君。私も手伝う……!」

「…………」

「……さっきから黙ってるけど、ヴィン。大丈夫か?」

 ヴィンセントはこの部屋に入って来てから、静かに黙ってその場にいた。ギルバートが声をかけたのにも関わらず、口を開かなかった。

「……なんで、楽しそうなんですか。」

「え? セリカのことか?」

「…………」

 何でもありません、そう言ってヴィンセントはまた黙る。少し心配しながらも、ギルバートはそれ以上声をかけなかった。

「し、しまった……!!」

「……油断したな。壁って言うのは一番怖いものだよ。」

 気が付くと、ルナの足もとの壁にはナイフが刺さっていた。少しでも動けば腹の刃で切ってしまうくらいの距離に……。

「くっ……動けない……」

 ふふっとノアは笑って一本のナイフを構えるルナに近づいて行った。もう既に彼女の四肢付近の壁には、ナイフが刺さっており身動き取れなくなってしまっていた。

「…………っ!!」

 殴れる距離まで近づいてきたノアを見て、もうルナは負けを認めるしかなかった。彼女は悔しそうに顔を背ける。そしてノアは静かに彼女の首にナイフを当てた。そして静かに耳元で呟く。

「……何の目的できた。」

「……霧の脅威を知らせるため。」

「…………」

 それだけ聞くとノアは壁に刺さっていたナイフを抜き始めた。ルナもあはは……と少し悔しそうに顔を上げた。さっきのやり取りは無かったかのように……

「それで? あたしは本物って認めてもらえた?」

「ああ、お前は本物だろう。戦い方が変わって無かった、それだけで十分わかった。でも、最後に一つだけ……」

私の名前を言ってみろ。

 ルナに向かい合い、ノアは言う。それを聞いて首を傾げるギャラリー……その質問にルナは戸惑うこと無く答えた。

「……『エレノア・ウィルクリス』。孤高の暗殺者。」

「正解。それだけ言えれば本物認定だ。」

 それを聞いて、ギルバートの表情が一瞬で凍った。そしてすぐさまノアに声をかける。

「お、おいノア……? お前の名前って『ノア・ウィリウス』だよな?」

「ええ、それはメイドとしての私の名前です。」

「じ、じゃあ本名は……」

「『エレノア・ウィルクリス』これが私の本名です。あの時、ルナの偽物からこの名前は聞いていたでしょう? だからとっくに一致していると思っていたのですが……」

「お前が……あの、時の…………?」

 ノアは『あの時』の意味が分からず、首を傾げた。その瞬間、額に拳骨が飛んできた。思わぬ攻撃に、さすがのノアも避けきれず少しふらついた。

「ぎ、ギル君っ!!!」

「な、何だよ……そのツラ。覚えてねぇってのか……!?」

「ギル! やめなさい!!」

「人の命を何だと思ってんだ!! あれだけ人を殺しておいて覚えてねぇって言いたいのかお前はああああぁ!!!」

 リリアナ、セリカの制止も聞かずにギルバートはふらつくノアに再び殴りかかろうとする。思わずルナが立ちはだかろうとするが、その前に誰かが立ちはだかる。

「……ギルバート、その手を降ろしなさい。」

「ヴィン……!? 何でお前がこんな暗殺者を庇うんだよ!!」

 前に立ちはだかったのはヴィンセントだった。ギルバートの拳を、片手で受け止めていた。

「……彼女を殺すのは僕です。そしてそれを許されたのも僕だけですから。」

「は……? な、何を言って……」

「はい、ギル。そこでストップ。」

 ギルバートが動きを止めた隙に、セリカは静かに彼の手をロープで縛りあげた。もうこれで彼は身動きが取れない。そんな彼をリリアナが宥めていた。

「……どういうことですか、ノアさん。あなた、今のギルの拳骨をわざとくらいましたよね?」

「…………」

 ノアはその質問に答えなかった。その反応を見て、はぁ……とヴィンセントは深いため息をついた。

「楽に死ねると思わないでください、エレノア。僕は、あなたがこのナイフを僕に託したことを後悔させてから殺します。」

 そう言ってヴィンセントはノアから託された紫のナイフを見せた。それを見てルナはハッ……とした顔になる。

「それって……アメジストのナイフ!?」

「……あぁ。私の相棒だよ。」

「ノア……」

「……とりあえず、時間も時間ですので夕飯を作ります。リアさん、ノアさん手伝ってもらえますか。」

「え、ええ。大丈夫です。セリちゃん、ギル君、ルナさんはテーブルで待ってて下さい。ギル君、セリちゃんの警護お任せするね。」

「…………」

 そう言いながらリリアナは、ギルバートの縄を解いた。気に入らなさそうな目で、ノアを睨みつけるとセリカ、ルナの後ろを歩き食堂へと歩いて行った。

「……話は後ほど聞きますよ、エレノア。今はメイドとしての仕事をしてください。」

「……はい。」

 そう言って二人は静かに部屋を出て行った。一人残されたリリアナは一本抜き忘れていたナイフを壁から抜き取り、小さく呟いた。

「知らないのは……私だけだったのかな。」

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