8.静寂の世界②
「……あの日の霧は、絶対にあいつがやった。けど力が強すぎる……昏睡状態にさせるほどの力なんて……」
昼食開けの午後、召使たちが掃除をしている中セリカは一人部屋の窓から北の空を眺めていた。北の方は、あの時アストイル家を囲っていた霧がまだ残っていた。その先には薄らだが、洋館が見える。頑張れば徒歩で行けるような距離……大体30分くらいかけて着くような微妙な距離だ。
「セリカちゃん、いますか。入っても大丈夫でしょうか?」
「ええ、入っていいわよ。」
「失礼します。」
そう言って入って来たのはヴィンセント。いつもの白いコックコートを身にまとった彼は少し表情が硬い。
「どうしたの、ヴィン。」
「セリカちゃんにお客様です。……赤髪の女性ですが、お知り合いですか?」
「うーん……そんな人いたかしら。とりあえず応対はする、多分何もないと思うけれど一応侵入者対策だけはお願いするわね。他のみんなにも伝えてくれるかしら? 私はその女性の元へ行く。」
そう言ってセリカはスッと立ちあがって、部屋を出た。少々不安になったヴィンセントは彼女が一階に降りるまで、ついて行くことにした。そしてここまでで良いわ、とセリカが彼を促した。そう言われても彼の表情は硬いままだ。
「……気を付けてください。只者じゃない匂いが漂っています。」
「だいたいうちに尋ねてくる人って普通じゃないわよ。」
ふふっと笑いながらセリカは正面玄関へと歩く。そこには黒いコートを着た赤髪の女性がいた。落ち着かない様子でキョロキョロしていた。
「お待たせしました。あなたがお客様?」
「え、ええ。初めまして……あなたがここのご主人なのですか?」
「そうよ。私がここの主、セリュスレイリカ。とりあえず上がって下さいな、応接間でお話を聞くわ。」
失礼します、そう言って女性はフードを外し家へ上がった。セリカはスタスタと一階正面奥の応接室へ歩いて行った。
「どうぞ、座って。今召使いにお茶を用意させるわ。」
「あ、ありがとうございます。」
セリカは正面の椅子に座るようにお客に促す。そして自分は奥の椅子に腰をかけた。女性は緊張しながらコートを脱いでいた。中には七分のシンプルな白いブラウス、黒いスラックスという正装風の服装をしていた。
「それじゃあ、早速ご用件を窺おうかしら。」
「はい……。まず、私はルナシィアリ・ティリアリスと言います。ここで黒髪、赤目のメイドが働いていると聞いて来ました。その方にお会いしたいのですが、大丈夫ですか?」
「ルナシィアリ、さん……ルナでいっか。何か聞いたことある名前かも。黒髪のメイドなら確かにいるわ、ノアって名前の子だけど間違い無いかしら?」
「…………!!」
その名前を聞くと赤髪の女性、ルナは明らかに目を見開き「そうです!!」と首を縦に振った。その嬉しそうな表情を見て、セリカもつられて笑顔になった。そしてお茶を運んできた桃色の髪のメイド、リリアナにノアを呼んでくるよう小声で頼む。わかりましたっ! と彼女は笑顔で答えた。
「今、ノアを呼んでくるように頼んだわ。もし良かったらなんだけど、あなたとノアの関係とかも聞いていいかしら?」
「私とノアは幼馴染です。同じ田舎町で育った間柄ですよ。」
「……ってことはあなたも暗殺者?」
セリカはそう笑顔で呟くように言った。それを聞いて少し表情を緩ませていたルナの顔が一瞬で強張った。その反応を見てセリカは面白いわね、と無邪気に笑った。
「どことなくノアと似てるのね、あなた。正直過ぎて面白いわ。」
「あ、あの……私、セリュスレイリカお嬢様を殺しに来たわけではありません! 本当にただノアを探しているだけで……」
「そんなの見ればわかるわ。本当に殺しに来たのなら、召使を呼ばれる前に殺した方が良いものね。ノアと手を組んでいる、なんてことも無いでしょう。彼女が外部へ連絡するところは見たこと無いわ、一応ここの屋敷だって住人の出入りのチェックくらい出来るようになっているもの。」
そんなことで帰れとは言わないわよ。
ふふっとセリカが一人で笑っていると、二人が入って来た扉からノック音が聞こえた。「失礼します」という一言の後、黒髪のメイドが入って来た。ノアである。
「お嬢様、私に会いたいというお客人がいるとのことでしたが……」
「ええ、そこにいる赤髪の子よ。ルナっていう名前らしいわ。」
「ルナ……」
「の、ノア……!」
ルナは自分の後ろからノアが入って来たのを見るなり、立ち上がり彼女の顔をまじまじと見た。それに対し、ノアは彼女を見るなり顔を顰めていた。
「……知っていますか。最近、ルナを名乗る馬鹿な暗殺者が増えていることを。この前だって現れたばかりです、顔面を潰して殺してやりました。私は自分の幼馴染を語る馬鹿どもが大嫌いだ……もし、お前もそんな存在だというのなら今のうちに正直に告げてください。そうすれば命だけは助けましょう。」
「知っています。最近、私を名乗る輩は増えている。仕事を得るために……でも、私は本物。私がルナシィアリ・ティリアリス、あなたの幼馴染の暗殺者。」
「……じゃあ、私と剣を交えてくれ。それで判断しよう。」
それで良いか?
ノアがそう言うと、ルナは静かに首を縦に振った。そのやりとりを見ていたセリカがスキップしながらこちらへと歩いてくる。
「また面白そうなことやるのね。じゃあ隣の空き部屋を使いなさい、とはいえ尋問室から椅子を片付けただけなんだけど。」
「助かる。夕飯までには決着をつけるよ、他の皆の仕事を増やしてはいけないからな。」
「じゃあ、あたしもあんたも本気でやらないとね。」
「……あぁ。楽しみだ。」
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