7.静寂の世界

「っ……!?」

「……お姉さん、今日もお疲れ様。」

「お前は……盾娘……」

 私の目の前にいた少女はキャラメル色の髪を持つ今年で8歳くらいになる、ごく普通の田舎娘。少しボサボサなロングヘアをなびかせ、私の隣にちょこんと座った。

「盾娘って……ま、まぁ事実だから強くは否定出来ないけど……」

「こんな夜中に出かけて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。誰も私を探しやしないわ、それに私はお姉さんといた方が楽しい。」

「……まぁ、それもそうか。私がお前の母親と揉め合った時に盾にされて平気だった娘だしな。」

 これは一年前の話。15になった私は、自分の御褒美にナイフを銀製に新調しようとしていた。だが、それは希少価値が高く値も張るものだ。私はこの日の為にお金を稼いで、ようやくそれを手に入ったと思った時……この娘の両親と出会った。

「この銀のナイフは私が先に取った! だからこれはウチのもんだよ!!」

「どう考えてもおかしいだろう? 私の方が先に店長に声をかけ、これを購入しようとしていたんだ。あなたの方が諦めてくれないか。」

「……あんたみたいな年頃の娘がそれを求めるってことは、お前さん暗殺者だろ? そんな人殺しに買わせるくらいなら、家族の為に料理を作る主婦に譲るべきだと思うがね。」

「…………」

 そこで私が目をつけたのが、この主婦のおばさんが連れていた娘だった。茶髪のロングヘアを持つ娘……盾娘。グッと彼女の腕を引っ張り、私は彼女の耳元で囁いた。

「……今から首を絞める演技をする。苦しむフリをしろ、そうしたらお前の欲しいもの一つ買ってやる。」

 盾娘は意外にも不審がることもなく、私の作戦に乗ってくれた。思いのほか演技も上手く、本当に殺しかけていると思うほどだ。だが、それを見てもおばさんの反応は無かった。彼女は勝手に殺せば? というような表情で、娘を見ていた。

「た、すけて……」

「…………」

 私はその後、手早く金を置いて銀製のナイフを買い、娘も一緒に連れてきた。当然その後誰も彼女を迎えに来ることは無かった。

「今はもうあの人と暮らしてないよ。お兄ちゃんと一緒に暮らしているから。」

「なんだ、お前兄妹いたのか。なら安心か。」

「そうでもないよ。私たち兄妹は……」

……地元じゃ有名な、険悪兄妹だから。

* * *

「ノアちゃん、あれから体調は大丈夫?」

「……ええ、おかげさまで。リリアナさんの仕事を増やしてしまい申し訳ありません。」

「そ、そんな大丈夫だよ! ってあれ、私が聞いたはずなのになんで私が大丈夫って答えてるんだろ……?」

「ふふっ、確かにそうですね。」

 私が倒れてから数日が経った。あれからは、何事も無く過ごせている。そしてようやく今日から、通常の仕事メニューに戻ることになっていた。(庭の刈込作業をリリアナさんにやってもらっていただけなのだが)。

「おーい、ノアいるか?」

「はい、なんでしょうか?」

 廊下の窓を拭いていると、一階からギルバートさんが私を呼んでいた。チラッと隣で掃除をしていたリリアナさんの様子を窺う。彼女は首を静かに縦に振り、私の背中を押した。何だろうと思い、駆け足で階段を下りる。

「クローゼットの整理を手伝ってほしいんだ、この前見た通り少々散らかってるんだよ。だから頼めないか?」

「構いませんよ。実家の様に綺麗にしてみせますから。」

 そして私とギルバートさんは、召使の服がたくさん置かれているクローゼット部屋に入った。服が少々はみ出しているものもあれば、ひどいものは全開になっている。トルソーもまるで地震が起きたかのように、崩れていた。

「……悪化していませんか、これ。」

「しているな。まぁ……この部屋そんなに需要ないんだよな。セリカが気を使って色んなデザインの服を買ってくるけど……」

「男性も同じなのですね。私もメイド服を着る時、タイの種類とスカートの丈を選ばせてもらいました。」

「でも……これもあいつなりの心配りなのかもしれないな。」

 そう言うとギルバートさんは目の前に散乱しているトルソーを立て始めた。私は床に散らかっている服や髪飾り、アクセサリーなどを拾い集めた。どれも重みがあり、高価な物なのだろうと思う。田舎者の癖で、売ったらいくらになるのだろう……とかも考えてしまう。

「とりあえず、これは絶対着ない物を選んでくれ。そこから少しずつ入りきらなかった物を詰め込んでいくから。」

「わかりました。」

 まさか……私はこの作業が数時間も続くとはこの時思いもしなかった。

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