6.歪んでいた心

「っ…………」

「の、ノア!? び、びっくりしたわよ……」

「お、お嬢様……」

 私は勢いよくベッドから起き上がり、隣で座っていたセリカお嬢様を驚かせてしまった。お嬢様は目を擦りながら私を見ていた。

「も、申し訳ありませんお嬢様……」

「良いわよ。あなたが目を覚まして安心した。」

「私……朝起きたら体が重くて、意識が朦朧として……」

「そして、私と出会ったころの夢を見た。違うかしら?」

「そ、そうです。よくわかりましたね……」

「ノアって寝言はっきり言うタイプなのよ? 自覚ないかしら?」

 無いです、私は少し恥ずかしくなりながら返事をする。それを聞いてお嬢様はそっか! と笑顔で言った。どこか楽しそうに無邪気に笑っていた、なんだか久しぶりにお嬢様の純粋な笑顔を見た気がする……

「私もノアの寝言聞いてて、あなたと出会ったころを思い出したわ。肝が据わった暗殺者だったわね。今じゃ物腰丁寧な仕事真面目のメイドさんだけどね。」

「……そうだな。あの時、私はギルバートもリリアナも手にかけていた。簡単にお前が生き返らせてしまったが……暗殺者の中でアストイルは化け物の巣窟と言われていた理由が分かる気がする。」

 何となく、そう言われ私は自分を作ることを少しやめた。と言っても、ただ慣れない敬語を使わないだけなのだが。

「そんな風に言われてるの~? 何だか傷ついちゃうわ。」

「もう言われ慣れているんだろう? 顔がそう言ってる。」

「ふふ、そうね。こんな蘇生能力を持っていれば誰にだってそう言われるわよ。きっと誰かがこの能力使ってるの見ちゃって情報広めたんだろうなぁ……」

「それも計画のうち、か。」

 ばれた? と言いたげにセリカは笑う。蘇生術を扱うのはあの宝玉の力ゆえのことらしい、近くで見ている限り、そういう特殊能力を引き起こす物らしくギルバートも持っていた。それでルナに為り変わった暗殺者を重力で押さえつけているのを見た。貴族の世界ではこれが普通なのかはわからないが、その宝玉を持っているのをよく見るようになった。

「アストイル家はこの宝玉を持っている。私が持つ『治癒』ギルが持つ『保守』、後は『幻惑』『怨恨』なんてあるらしいけどうちには無いわ。まぁ誰が持っているかは知ってるけど。」

「じゃあこの霧は……」

「多分『幻惑』の力だと思う。ギルやヴィン、リアにも多少は影響あったみたいだし……」

「ええ。それに、本当はノアくらい影響が出るほど強いものなのよ……この力は。」

「……理由としては一つだけ。あなたはセリカちゃんの加護を受けていないこと。」

 そう言って静かに部屋へ入って来たのはヴィンセント。廊下ではブランケットを被って眠っているギルバートとリリアナが見えた。ヴィンセントは静かに扉を閉めると私とお嬢様の方へ歩いてきた。

「加護?」

「そうです。それはあなたの瞳の色を見ればすぐにわかります。ここに住む全員が瞳の色が同じなのに気が付きませんでしたか? これは主であるセリカちゃんの加護を受けた証拠、彼女に忠誠を誓った証拠でもあります。それに染まらないあなたは、忠誠を誓っていない……そういうことなんですよ。」

「へぇ……便利なシステムなんだな。別に私は最初からセリカに忠誠心なんて抱いてないさ、ここの召使であるお前らとも親しくなろうなどと考えたことも無い。」

「……だから僕はあなたがここにいることが気に入らないのですよ。忠誠心の欠片も無い野蛮な人間が同じ屋根の下にいるなんて……」

「……私はお前のこと嫌いじゃないぞ、ヴィンセント? お前みたいな未来が無い狂った人間は」

「黙れ……!!」

 そう言ってヴィンセントは、珍しく声を荒げる。いつもの物腰柔らかい印象の爽やかな男はどこにいったのやら……私は思わず笑いそうになった。その時、一瞬だけセリカが驚いたような表情をした。だが彼女は何事も無かったかのように、こら……と静かにヴィンセントに声をかける。

「……確かに、ノアは一度ギルとリアを殺した。でも私とヴィンを殺そうとはしなかった。暗殺の対象である私たちを逃す理性はあるのよ。現に私もあれから危険な目には一度もあって無い、半年もこうして無傷なんだもの。それに警護も堅くなって、うちの被害も格段に減っているわ。それはノアの力……そうじゃなくて?」

「ですが……」

「ヴィンセント。」

 私はベッドから起き上がり、自分の太ももに装着しているナイフを一本取り出した。そしてそれをヴィンセントに手渡した。紫色の猛毒が仕込まれた、私がオーダーメイドした殺人用のナイフだ。

「……なんですか、これは。」

「私がオーダーメイドで鍛冶職人に作らせた、猛毒のナイフだ。私の半身と言っても過言ではない、相棒さ。これをお前にやる。私が信頼出来なくなったら、これで私を殺せ。殺し方は任せる、それで内臓を掻きまわしてくれても良いし顔面を刺しまくっても構わない。臓器を全て抉りだされても構わないぞ? お前に殺す勇気があれば……の話だがな。」

 私はふふっと小さく微笑み、ヴィンセントにナイフを握らせた。そして私はまたベッドに戻り横になった。

「お、脅しのつもりですか……? それともあなたは殺されたいのですか?」

「……想像にお任せするよ。私が、一番身近で殺してくれそうな人はお前だと認定しただけだ。」

「……気に入りませんね。本当に、僕はあなたという人間が気に入らない!」

 そう言ってヴィンセントは静かにナイフをしまい、部屋を後にした。隣で二人のやり取りを静かに見ていたセリカが少し重い口を開く。

「……今日は、ゆっくり眠ると良いわ。明日から、またメイドとして頑張ってもらうから。」

 セリカは私の毛布をかけ直し、静かに部屋を出て行った。廊下からは起きなさい! という声が聞こえたことから、彼女が眠っていたギルバートとリリアナを起こしたのだろう。

「……他人を信じる、そんなこと出来るはずないだろう。」

 まだ少し霧が残る夜空を見つめながら、私はそう呟いた。

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