5.汚れなきもの②
どこか私は変わっている。初対面の人には絶対と言っていいほどの確率で、そう言われる。どこがどう変わっているのか具体的に問い正したことはないから、詳しいことはわからない。そんなことに興味など無いからいいのだが。
「こんな私を雇う……? 相当な変わり者だな、お前は。」
「それはお互い様よ?」
私は前にしていた仕事に失敗し、命を落としかけたことがある。その落としかけた場所がこのアストイル邸。私が任務で訪れた場所。
「何故一思いに殺さない? その方がお前も気が楽になるだろうに。」
「あなたが殺すのには惜しい人材だって私が判断したからよ。」
「ははっ……それは人を殺す才能が私から溢れすぎているからだろう? 面白い奴だ。」
「へぇ……あなた暗殺者だっていうのに綺麗な笑顔作るのね。暗殺者は心を殺して任務に赴く……なんて聞いていたものだから笑わないものだと思っていたわ。偏見だったのかしら?」
「さすがにそれは偏見だ。暗殺者とて人間、たまには笑っていないとやっていけない。……それで、ここの御主人は部下を二人犠牲にしてまで私を雇いたかったのか?」
私はサイドで倒れる桃色の髪のメイドと銀髪の執事を見て、金髪の少女に問う。そうね……と静かに呟くと彼女は大丈夫よ、と笑って私の方を見た。
「二人とも丈夫だから死んでないわ。それに、死んでいてもこの位の傷なら私の治癒で何とかなるもの。」
「蘇生が出来るのか。私を雇おうという精神といい蘇生術が使えると言い……文字通りの化け物だな。どうせなら銃士の料理長も殺してその技を三回拝んでおくべきだったか?」
「……よくそんな状態でペラペラと話しますね。彼女の力を甘んじない方が良いですよ、普通の人間一人くらい簡単に殺しますから。」
「そんな人を超人みたいに言わないでほしいわ! ヴィン、そんな物騒なものはしまって。今の彼女に逆らうことは出来ないもの。」
「……セリカちゃんがそう言うのならしまいます。ですが僕は賛成しかねます、こんな暗殺者をこの家にいれるなど……」
そう言う料理長を無視して少女……セリカは静かに立ち上がり、倒れるメイドと執事の元へと歩き出す。そして優しく額に触れ、目を閉じる。私がつけた傷がみるみるうちに癒えるのを確認し、また私の方へと歩いてきた。
「やっぱり死んでたわ。さすが暗殺者さんね。さて、そういうわけで立って……メイド服のサイズ合わせしましょ。」
そう言って小さな体からは想像できないような力で私を引き上げた。それと同時に私の手首を締めていた紐も護身用のナイフで切り取っていた。それを見て料理長が驚き、セリカを止めようとするが彼女は彼の手を振り払って大丈夫よ、と言う。
「ヴィンはギルとリアが起きるのを診てて。私はこの子ともっとお話がしたい。」
「……油断だけはしないでください。セリカちゃんに何かあってはいけませんから。」
「わかったわ。」
そう言ってセリカは私についてきて、と言って促す。一度廊下へ出て、すぐ隣の部屋へと私は連れて行かれた。そこには今まで私が見たこともないような、大量の服や靴があった。よく見るとそこはメイド服やセリカの私服……女物しかない。でも服や靴の数は数百……奥にタンスもあるので、きっとそこにも入っているのだろう。トルソーにこんなに飾ってあるだけでも驚きなのに……
「こんなにたくさんの服が……」
「驚いた? 気に入るものがあればあげるわよ。まぁそれよりまずはメイド服ね、デザインは一つしかないけれどスカートの長さとタイの種類は選んでいいわ。」
「へぇ……召使もお洒落な物を着させてもらえるんだな。」
「少なくともそんな真っ黒な可愛げのない恰好はさせないわよ。それに、私にとって彼らは召使じゃない……同じ屋根の下で暮らす家族よ。」
「赤の他人が家族? お前が少し変わってるって思う理由が分かった気がする……貴族のくせに考え方が庶民なんだよ。」
「……貴族は愚かよ。お金で全てを自分の物にしようとする傲慢な考え方しか出来ない。馬鹿馬鹿しいのよ、欲望に塗れ最終的にその欲望によって死んでいく姿が……」
「でもそういう考えが出来るのは、貴族の特権だと私は思う。」
そう言うとセリカは少し驚いた目で私を見た。私はトルソーにかけられていたメイド服のネクタイをスッと取り、スカートがかけられているトルソーの前へと歩き出した。
「私の周りでは金を稼ぐのに必死な奴らばっかりだった。協力? 違うな、むしろ潰し合いだ。少し小競り合いが起これば、それは殴り合いになり最後には殺し合いになる。それを貴族はスリリングと言って楽しむが……まぁそんなのが日常茶飯事なんだよ。そんな中、力で勝つことが出来ない女は武器を持って戦いに挑んだ。その中で優秀な者は貴族にスカウトされ暗殺者になる。そして大金を得て貧民街から抜け出すんだ。」
「だから暗殺者は女性が多いのね。……あなたもそんな中で生きてきた、っていうことかしら?」
「……ああ。そしてそのターゲットがアストイル一家だったいうわけだ。セリュスレイリカ、お前も私を暗殺者として雇うつもりか? まぁそれでも私は構わないのだが。」
私はトルソーからメイド服を脱がしながらセリカの答えを待った。中々返事をしないので、私は構わず手に持ったメイド服に着替え始めた。
「…………あなたにはメイドになってもらうの。武器はもう握らせない、人を殺させないわ。」
「そうか……じゃあ、私も覚悟を決めようか。『セリカお嬢様』。」
私はメイド服の赤いタイを締め、降ろしきっていた黒髪を偶然近くに落ちていたヘアゴムで軽く一つに束ねた。慣れない白いエプロン、膝丈のスカートを着て主の桃色の瞳と紫の瞳を眺めた。
「私はこの身を呈してお嬢様をお守りします。ここで私、ノア・ウィリウスは誓いましょう。ただ…………」
…………お前の瞳に支配されるつもりはないからな。
私はそう笑って彼女の紫の瞳を見つめた。
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