3.表の顔と裏の顔
「ただいま! 良いアロマランプ見つかったわ~!」
私が部屋から出るのとほぼ同時にお嬢様の元気な声が館に響き渡った。それを聞いて私とギルバートさん、ヴィンセントさんは彼女の元へと向かった。
「また色々と買ってきたなぁ……アロマランプだけじゃなかったのか?」
「良いじゃないの、他にも良いもの見つけちゃったからつい!」
「本当にセリカちゃんはセンスが良いですね、良いランプじゃないですか。」
「わ、私は良い運動になっちゃったけど……」
玄関では既に皆集まっていた。モザイクが美しいピンクの可愛らしいアロマランプを片手に笑うお嬢様、両手一杯の荷物を床に置いてゼェゼェ言っているリリアナさん、お嬢様の買い物量を見て呆れるギルバートさん、笑顔でお嬢様と会話するヴィンセントさん、目の前ではごく普通の日常が戻っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お迎えが遅くなり申し訳ありません。」
「あら、ノア! そんなことよりもこれ、見てよ! 可愛いでしょ? 実はね、いつも頑張ってくれてるノアにも……これ! 色違いの物を買って来たの。」
そう言ってお嬢様はバスケットに入った赤色のボックスを私に差し出した。
「わ、私なんかの為に……ありがたく頂きます。ありがとうございます……」
「良いのよ。いつもノアには感謝してるんだから。リアも後でオレンジのあげるわ、だからそれを私の部屋まで運ぶの頑張って!」
「が、頑張りますよセリちゃん!」
「丁度、昼食が出来ています。片付けが済んだら食堂へ来て下さいね。」
「わかりました、私もリリアナさんを手伝ってからそちらへ向かいます。」
私は小さなカラフルなボックスが積まれたバスケットを三つ、リリアナさんから受け取り二人で収納室へと向かう。結構な重さだった……しかも後二つも多くこれを彼女が持っていたと考えると、あんな華奢なのに実は力があるのだなと思う。
「こ、これをお一人で持っていたのですか?」
「勿論! こんなの日常茶飯事だよ、これでも少ない方。私が前に仕えていた主人は二人分の買い物に付き合わせてきましたから。」
そう言ってリリアナさんはよいしょっと収納室にバスケットを置いた。私も続いて置く。よく見るとそれぞれのバスケットの持ち手には色のついた布が縛られていた。色は右から赤、青、黒、紫、黄だ。
「この布は……?」
「これは目印だよ。セリちゃんは召使の一人一人にきっちり買い物をする方だから、こうして分からなくならないように目印の布を縛ってつけておくの。」
右からノアちゃん、ヴィンさん、ギル君、セリちゃん、私だよ。そう言いながらリリアナさんは指を指して教えてくれた。本当に……お嬢様は変わった方だ。どうして赤の他人である召使にここまで出来るのだろう……素晴らしい主人だ、だから皆こうして彼女にずっと付いて行くんだろう。
「セリちゃんが食事を終えたらここへ来るはずだから、そのお供の時にまたこれを取りに来よう。私もうお腹空いちゃって……」
「良いですよ、じゃあ食堂へ行きましょうか。」
他愛ない話をしながら私たちは食堂へと足を進めた。
* *
「……あいつは一つミスを犯した。」
ここは尋問室。一人残されたルナは自由の利く体を動かし、大きな窓を見つめた。
「暗殺者を一人で身動きができる状態にするなど、逃がすも同然の行為。」
窓が開くのを確認し、よし……と抜け出すために体を持ち上げようとしたその時だった……
「あ……ぐっ!?」
突如、強大な重力に押し潰されたかのように体が鉛のように重くなる。ルナは身動きが取れなくなり、片膝をついてしまう。すると体も上がらなくなり、立つことも出来なくなってしまった。
「なんだこれは……」
「……お前も、ミスを犯した。」
ノアがお前を身動きが出来る状態で放置したのは、お前を見誤っていたからではないということを。
尋問室の扉を開け、声の主は静かに入って来た。その手元には淡い紫色の光を放つ小さなビー玉のような物があった。
「お前は……ここの執事……!!」
「お前、ノアの幼馴染なんだって? 聞いたぞ、確かルナシィアリだっけ? 結構有名人じゃないか、暗殺者の中では。」
「し、知っていてあたしを捕えたのか……?!」
「いいや、顔見てないから俺は知らない。お前を捕えた料理長から教えてもらっただけ。こうして様子を見に来たのだって、ノアの代わりだ。」
執事、ギルバートは腕を組んでニッと笑った。重力のような重さで体が動かないルナは武器を手に取ることも出来ず、ただただ銀髪の執事の話を聞くばかりだった。
「ルナシィアリ・ティリアリス、結構有名な暗殺者を捕えたって料理長は喜んでいたぞ?でも本当はお前と年齢が近い有名な暗殺者を捕えたいって言ってたな。確か名前は……」
「……『エレノア・ウィルクリス』。」
「そうそう……やっぱり有名なのか? そのエレノアってのは。」
「ああ、相当な有名人だよ。いつもひた向きに一人の男の背を追い続ける孤高の暗殺者……有名な話だ。」
「へぇ、一人の男を追い続ける……真っ直ぐでひた向きで良いじゃないか。で、彼女が追い続ける男って?」
ギルバートは楽しそうにルナの話を聞いて笑っていた。それに対し、何の面白味も無い話に笑顔で答える彼の姿を見て暗殺者は思わず表情を強張らせてしまう。
「……なんでそんなこと答えないといけないんだ。」
「いや、これを聞けたらお前をこの重力から解放してやろうと思って。それなら教えてくれる?」
「…………」
少し間を置いてルナが口を開こうとした時、彼女は背中から勢いよく倒れてしまった。それを見てハァ……とギルバートは呆れたように扉の方を見た。そこには黒髪のメイド……ノアが立っていた。
「おいおい、せめてそいつの名前を聞いてからでも良かったじゃないか。」
「口の形でわかりました。彼女は本当の事を言おうとしていたことが。それに、その笑顔だと最初から彼女が口を開くこと知ってましたね?」
「当たり前だ。ノアが放置した時点で何かしらまだ聞き残していることがあるんだろうって思ったからな。これで……こいつが本物じゃないってわかって良かったな。」
ノアは黙って静かにルナ……ルナ似の暗殺者の元へと行く。彼女の額には銀製のナイフが刺さっていた。それをスッと引き抜くと無表情で彼女の顔を踏みつけ始めた。
「……お前みたいな雑魚が私の幼馴染になりきろうだなんて、馬鹿馬鹿しい。」
「おいおいノア……それ以上踏みつけたらこいつの顔潰れるぞ……」
「……どうせ死んでます。どれだけ潰れようとも関係ありません。」
「……遺体処理だけは自分でしてくれよ。俺は手伝わないからな。」
そう言ってギルバートは静かに部屋を出て行った。ノアはその後も一人で、暗殺者の遺体に罵倒し続けた。
「…………ルナはもうこの世にいないって幼馴染の私が知らないはずないだろう。」
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