Ⅰ.光の世界と闇の世界

2.血とナイフ

「お前はどうしてこの世界で生きている。」

「……ここに生まれてきたからだ。」

「一度も私の記録を超えたことも無い奴が、どうしてここにいる。」

「必ずお前を抜くと誓ったからだ。」

 二人の人物がお互いに背を向け合い、淡々と言葉を交わす。ここは何もない、夜の平野。冷たい夜風が吹き荒れる中、黒ずくめの彼らは一歩もその場から動かない。そしてその刹那……

「っ…………」

「……まだ動きが甘い。」

 背の低い黒ずくめが瞬間的にナイフを相手に突きつけたのだ。それを相手の黒ずくめは難なく受け止めそれを弾き返した。

「…………私を本気で抜こうと思うのなら結果で示せ。いつでも私は可愛い教え子の挑戦を受けてやるから。」

 そう言って、長身の黒ずくめは真っ赤な瞳で『可愛い教え子』を嘲笑った。

* * *

「……裏庭、ですね。地上からここまで狂いなく撃つとは、かなりのやり手と見ました。」

 私は割れた窓の先を見渡しながら、次々と自分に向かってくる弾を避けた。どれも正確に狙ってくるため、窓ガラスは一枚一枚次々に壊されていっている。飛び散ったガラスの破片が時折私の腕に当たり、少し痛みが走る。

「敵の数は5人、男4人に女1人。ノアさん、一階でギルの支援に回って下さい。そろそろ一人や二人、一階から内部に侵入しようとするはずです。」

「……わかりました。一階で敵の殲滅に回ります。」

 下手の方でライフルを構え、敵の偵察をしているヴィンセントさんが私にそう言う。この遠距離のプロなら一人でも心配ないだろう……そう思えたから。

「悔しいですが、あなたの方が遠距離は強い。私は近接戦でカバーしましょう……」

 私が素早く一階まで駆け下りると、ヴィンセントさんが予言したとおり一階の窓が派手に割られ荒らされた跡があった。

「……お嬢様の自宅を荒らす不届き者が。」

「く、くっ……そっ。」

「人が倒れてる……?」

 階段付近で一人の侵入者が倒れているのを見つけた。全身黒ずくめ……五人ということはかなり腕に自信のある誘拐犯なのか、単純に人が集まらなかったのか。第一、誘拐なのに住人にバレてしまっていいものかと思うけれど。

「……そんなに、急ぐ必要はありませんかね。」

「馬鹿。俺の腕をなめてるだろ?」

「そんなことありません。ギルバートさんの腕は素晴らしいと思いますよ。病人とは思えません。」

 そう姿の見えないギルバートさんと会話しながら、私は割れた窓から飛んでくるナイフを歩きながら避けていた。丸い植木の傍から顔を出した、投げた犯人と目が合う。相手は唖然とした表情をしており、開いた口が塞がっていない。

「……もう邪魔です。消えてください、掃除が大変になります。」

 私は飛んできた鉄製のナイフを二、三本自分の指にはさみ、ナイフの飛んできた隣の窓から入り込もうとする侵入者へと向かって一本投げた。それは犯人の脳天を貫き、声を上げる事も無くそこに倒れた。

「……一人、始末しました。ギルバートさん、そちらの手柄は何人ですか?」

「俺は二人だ。後はヴィンか、まぁあの人ならもうとっくに始末してるか……」

 そう言いながらギルバートさんは、二人の男の遺体をズリズリと引きずってくる。そして私の元まで来るとはぁ……と肩で息を始めた。私もその遺体の上にぽいっと自分の手柄である遺体を乗せる。

「はい、ちゃんと始末しました。裏庭で一人、そして正面の庭で一人。尋問するために女性のこの方は生かしておきました。じゃあ後はノアさん、お任せしますね。」

「何で私なんですか。私が出来るのは拷問、尋問は難しいですよ。」

「じゃあギルバートが尋問出来ると思いますか?」

「無理ですね。彼にそんな才能は無いでしょう。勝手にキレてうっかり殺しかねません。」

「お前に言われたくないんだが!? 別にそんな才能いらねぇけどさ。」

 後ろでギルバートさんが呆れ顔で私を見た。こんな喜怒哀楽が分かりやすい人は、尋問になんて向いていない。正義感が強すぎるからだ。私はふぅ、と一息つくと中庭から拘束した女性を連れてくるヴィンセントさんを見て言った。

「わかりました。じゃあ死体処理と館の掃除はお二人にお任せしますよ。お嬢様がお帰りになられるまでには、私も尋問を終わらせておきますから。」

「……当たり前だろ。セリカにこんな状況見せらんねぇからな。」

「そうですね。セリカちゃんは、いつでも綺麗な女性でなければなりません。」

* *

「…………」

 尋問室と言う名のただの個室。一つだけある簡素な木の椅子に座るよう、私は女性を促した。彼女は静かにその椅子に腰をかけた。私はフード付きの黒ローブを着た女性の正面に立ち、彼女の様子を窺った。

「……まず、どうしてこの館を攻めに来たのですか?」

「………………」

「まぁ喋るわけありませんよね。当然か……」

「……本当に気がついていないのか? あたし、ルナだ。ルナシィアリだよ。」

「……?」

 ……私の知り合いなのだろうか? 私は失礼します、と言い彼女のフードを外した。まっすぐな緑の瞳が目に入った。そして綺麗にサイドでまとめられた赤色の髪、確かに見覚えがあった。そして数分後、私はあっ……と気づき思わず彼女に指を指してしまう。

「ルナ……ルナシィアリ・ティリアリスですか?」

「そう、そのルナ。あんたが鳥頭なのは知ってたけど、幼馴染まで忘れるのはさすがに酷過ぎる。」

「も、申し訳ありません。じゃあ、私の幼馴染であるルナはアストイル家に何の用ですか?」

「主に用があって来たわけじゃない。あたしはノアに用があって来たんだ。」

「私に……? あれだけ多大な犠牲を払ってですか?」

「あいつらは勝手に死んだ。あたしには関係ない。」

 そう言ってルナは笑った。ここで笑う……さすが私の幼馴染だ、何があっても自分が一番なのだろう。思わず私もつられて笑いそうになる。

「そ、それで私に用とは?」

「ノア、お前こんなところで働いているってことは……自分の夢諦めたのか?」

「…………まさか。私はそれを叶えるためにここで生活をしているのです。」

「肝心な本業を捨てて、こんな貴族の家で働くことがどうしてそれに繋がるんだ。」

「……あいつも、同じことをしているからです。」

 私がそう言うとルナはえっ……と表情を曇らせた。

「そういうことです。私はそうしてあいつに近づこうとしているのです。隙を狙い、私はあいつを殺します。」

「……敵の敵は味方ということか。」

「さすがお察しが良い。そういうことです。」

 私はエプロンの隙間に隠していた銀製のナイフで、ルナの手を拘束している縄をサクッと切った。彼女は腕が自由になり、少々驚いた顔をしながらもグッと腕を伸ばした。

「だからお前は……あたしにまで黙って貴族の下で働くことにしたのか。」

「はい。あなたには伝えておくべきでしたね、すみません。それで……どうしますか。逃げますか、それとも潔く奴隷になりますか。」

「おいおい、言い方ってモンがあるだろう。まぁ……少しここの主にも興味がある、そいつが戻るまでここにいてもいいか?」

「構いませんよ。お嬢様が面会を拒絶されたらわかりませんが……でも、私を受け入れるほど器が大きい方ですし大丈夫でしょう。」

「その忠誠心は本物なのかそれとも見せかけの物なのか。」

「……お任せしますよ。私は時が来るまでアストイル家のメイドですから。」

 ルナはあぁ、そう……と興味なさそうに答えた。

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