1.我が家のルール
「……お前さえいなければ!!」
「この化け物が……!!」
「弱い犬ほどよく吠える。本当にその通りだ。」
今日もゴロッと重い首が落ちた。その顔はとても醜く、この死人の人生を物語っているかのようだった。強欲で金に飢え続けた醜い男らの末路である。赤黒い血で汚れた相方のナイフを拭きながら、顔の見えない暗殺者はそうボソッと呟いた。
「私がいなくても、いずれは他の輩に殺されてるだろ。」
そう言い残し、暗殺者は光の灯らない貴族の館を跡にした。
* * *
「お前……あれだけ無愛想なのに裁縫上手だよな。」
「無愛想なのと裁縫が上手なのは関係ないでしょう。私は小さいころから貧しい育ちなので、このくらい出来ないと生きていけなかったのです。」
今日はまず、執事のギルバートさんとお嬢様のお召し物をチェック。これからお嬢様は自室のアロマランプを買いに行かれるらしいので、ちゃんとした身なりをしなければならない。なので、私たちはこうして服の汚れや解れを確認している。
「相変わらずの量ですね……。私がここに来るまではお一人でこれをチェックしていたのですか?」
「当たり前だ。執事なんだからこのくらい当然だろ。お前が来てから大分楽になった……セリカが俺の仕事を減らすように仕事を振ったと聞いたからな。」
「ええ。結構体が弱いらしいですね? 強がって普段から生活していたなんて、想像もしてませんでしたので驚きました。」
「……生まれつきの病気だ。不治の病ってやつだよ。本来ならベッドに縛り付けていないといけない規模の病気なんだが、セリカのおかげでこうして普通の生活を送れているんだ。だから俺はあいつのために身を捧げようって思った。」
「そうですか。一番丈夫そうなのに意外です。」
不治の病。私は医者の家系に育ったわけではないので、病気の事については詳しくない。それに自分も病気持ちではないので、病気に関しては関心が正直あまりない。ベッドに縛り付けていないといけない規模の病気、想像できないが苦しい生活なのだろう。それに、こんなに口うるさいギルバートさんが寝込むなんて……リンゴに羽が生えてしまうことくらい想像できないことだ。
「失礼します! リリアナです。セリちゃんのお召し物を取りに来ました。」
「お疲れ様です。今日はどちらを?」
侍女のリリアナさんがいつも通り元気よく服の収納室を開け、入ってくる。私よりも小柄で、可愛らしいルックスを持つ彼女は私の先輩。メイド服が似合う女性とは彼女の様な人を指すのだと私は思う。今日も丁寧に桜色のサイドにまとめられたお団子ヘアが決まっている。歳は一つしか離れていないのに、どこか幼さを感じお嬢様と同年代に見える。(ちなみにセリカお嬢様は今年で18になられた。)
「今日は桜色のワンピ着るって言ってたよ!その奥のトルソーに飾ってある可愛い服!」
「こちらですか。いつもトルソーに丁寧にかけられている……何かお嬢様は思い入れがあるのでしょうか?」
「さぁ、私はしらな……」
「これはセリカの母が愛娘のために買ったものだ、五年前くらいにな。背も伸びて少々丈は短くなってワンピース風になってしまっているが、実際は膝下まで隠れるドレスなんだ。あいつから許可をもらえたらその頃の写真を見せてもらうと良い。」
「へぇ……ギル君は相変わらずセリちゃんのことは詳しいんだね。」
「当たり前だ、俺とあいつは15年前から顔馴染だ。……ったく、そんなことどうでもいいから早くこれをセリカに持って行ってやれ。」
「あ、うん。それじゃあ……」
リリアナさんは奥のトルソーから桜色のドレスを片手に、ペコッと頭を下げて部屋を出た。私は庭の手入れの仕事に入るために、彼女の後に続いて部屋を後にした。ギルバートさんとセリカお嬢様はただの『付き合いが長い主人と召使い』ってわけではなさそうだ、それは何となくだけど確信する。ギルバートさんは私と同じ歳だと聞いたことがある……そのお嬢様の言葉を信じるなら、彼は11歳のころから彼女に仕えていたのだろうか。でも彼は不治の病で本来ならベッドに縛り付けられて……
「……まぁ、そんな難しいこと考える必要ありませんか。別に興味ありませんし。」
小さくそう呟くと、私は倉庫から刈込ハサミを持って緑が美しいアストイル家の庭へと向かった。
* *
「貴族の館という割には結構狭い庭ですよね、ここも。」
いつも私はそう思いながら庭の手入れを始める。館も実際三階建てのアンティークな洋館、横に広くとても目立つ。その割に庭は館がピッタリ入るくらいの広さで、どちらかと言えば観光用の洋館のような割合の広さだった。だからこの家は庭師を雇わないんだろうな、こんな狭さなら雑用係でも出来るから。
「そしてこのブーゲンビリアの数……普通洋館だと薔薇じゃないんですかね。」
「皆同じだとつまらないでしょう? それに私は薔薇が好きじゃないわ。」
すぐ隣でセリカお嬢様が一輪の赤いブーゲンビリアを片手に微笑んでいた。私は刈込をしている途中だったので、彼女が近づいてきたことに全く気付かず驚いてしまった。
「お、お嬢様! び、びっくりするではありませんか……」
「あら、ごめんなさい。そんなに一生懸命刈り込んでくれていたの?」
「はい。生垣の刈込は一番大切ですから。それよりも、これからお嬢様とリリアナさんはお買いものですか?」
「ええ。雑貨屋で可愛い小物を買おうと思ってるの。ノアは何か欲しい? せっかくだから女の子らしいもの買ってくるわよ。」
「そ、そんなお嬢様にお使いなどさせられませんよ……! お気持ちだけで十分です。」
「そう。じゃあ髪飾り買ってきてあげるわ。せっかく綺麗な黒髪ですもの、まとめる飾りも可愛らしく華やかなものじゃないと勿体無いわ。」
「そ、そんな私は大丈夫……」
そう私が止めるのも聞かず、お嬢様は後ろで控えていたリリアナさんに声をかけその場を後にした。リリアナさんが去り際にこちらにニッコリとほほ笑みをかけた。任せておけということだろうか……あまり派手なものを買ってこないと良いのだけれど。
『お前にそんな華美なものは必要ない。』
『そんなものを買っている余裕は無いのよ。これで我慢しなさい。』
小さい頃、レースやフリルが付いたピンクの可愛い髪飾りを買おうとしたらそんなことを家族に言われたことがあったっけ。私の育ちはとても貧しく、お嬢様のような煌びやかな生活を送る世界とは無縁な世界ですごした。欲しいものは何も手に入らなかった。手に入ったのは……
「…………。」
空いている左手を思わず眺める。女性にしては少々がっしりとした大きな手、若いころから働き詰めの生活を送ってきた証拠だ。結局手に入ったのはわずかな金と、このがっしりとした肉体だけだったと思う。お嬢様のような……煌びやかな生活は手に入らなかった。
「やはり、貧しい身分の者としては貴族と言う存在は憎いですか?」
「……ヴィンセントさん。戻っていらしたのですね。」
「たった今戻ったところです。卵と野菜が無くなってしまったので買い出しに行ってきただけですが。そんなことより、また手を眺めてましたね? そんなに自分の御身分を気にしているのですか?」
「……あなたには関係ありません。」
卵がいっぱいのビニール袋を片手に、ヴィンセントさんは考え事をする私を見ていた。私はこれ以上何を考えているのか探られたくなくて、刈込ハサミを持ってその場を離れようと背を向けた。
「ノアさん。ブーゲンビリアの花言葉はご存知ですか? 先ほど見ていましたが、セリカちゃんがあなたのエプロンの隙間にそれを挿して行きました。個人的にその花を贈るという意味、知ってますか?」
「知りませんし、興味もありません。大体、花言葉なんてもの覚える暇もありませんでした。私は無知なメイドなのです、仕事がまだ残っているので失礼します。」
私はエプロンの隙間に挿してあった赤のブーゲンビリアを取ると、刈込ハサミをしまうため倉庫へと向かった。
「……そんなものを知って、私にどうしろと言うのですか。」
* *
それから私は廊下の花の水差し、召使たちの部屋の掃除(お嬢様の部屋はリリアナさんが既に行っている)、自室の軽い整頓を行い、何とか一通り仕事を終えた。お嬢様が戻るまでは、少し休憩が入る。でもまぁ……留守番なのだから、侵入者からの警護もしなければならないのだが。
「この刀を使って侵入者を排除……」
私にはお嬢様から、警護用の太刀が渡されている。この黒光りする美しい日本刀だ。両手でないと持つことのできない重さで、本人の話によれば従来の太刀よりも重めに作らせているとのことだ。どうしてわざわざ重くしたのか、それはわからないが使いにくいことには変わりなかった。
「……さすがに、今くらいは持ち歩きましょうか。」
軽く休憩を終え、私は片手で持つのが少々キツイ太刀を持ち部屋を出た。正面玄関の方へと歩いて行くと、赤いブーゲンビリアが沢山活けられている花瓶を眺めているギルバートさんが目に入った。腕を組んであの花瓶だけ眺めている……欠陥などは無かったはずだが。少々気になったので、遠目で彼の様子を見た。
「まだこの花瓶使っていたのか……。もう10年前のものなのに。」
あの花瓶に思い入れでもあるのだろうか。ギルバートさんは結構思い入れをする人だから、自分がプレゼントしたもの何だろう、あの花瓶。確かに他のものに比べて少し古いなとは思っていたし……
「……よし、これで。」
花瓶の持ち手をそっと触れると、何かを確認して安心したようにその場を離れた。何だったのだろうか、あれは。思わず気になってしまい、こちらに向かってくるギルバートさんに対して身を隠すことも忘れてしまっていた。
「ノア……? どうしたんだ、そんなところに突っ立って。」
「な、何でもありません。ただ巡回していただけですよ。」
「突っ立っていたのに巡回、か。お前嘘つくの下手だよな。まぁ、深く聞くつもりはない。俺も留守番をしないといけないからな。」
そう言ってギルバートさんは軽く手を振って私の横を通り過ぎる。……ま、まぁ私が嘘をつくのが下手ということは自覚しています。嘘をつくことになれていませんから……慣れるべきなのかわかりませんが。少し負い目を感じながら、私は廊下の突き当たりの先ほど彼がじっと見ていた花瓶を調べる。
「これは……隠しカメラ?」
よくみると、無数のモノクロの大きな花柄の中心の一つに小さなカメラが仕込まれていた。この花瓶がまさか防犯カメラだったとは……他のもそうなのだろうか? それにしても、全ての花瓶がカメラだったとしたらこの家には20個もカメラが……
「……夜に侵入されても大丈夫ということですか。」
確認し終わると、私は少し重い刀を鞘から抜き花瓶の正面に立った。
「…………。」
空になった鞘で花瓶をそっと落とし、その落ちる瞬間を狙い私は空いた片手で刀を持ち、それでカメラを突く。真っ直ぐに素早く突いた。
「……綺麗に刺さりました。」
私の刀はカメラのレンズを貫いていた。それは花瓶も綺麗に貫き、その隙間からは水が溢れている。
「まぁ、こんなものですか。」
「さすがノアさん。太刀筋……素晴らしいですね。」
「……お褒めいただき光栄です。」
私はそのまま、こちらへ静かに歩いてくる人影へと矛先を向けた。その先にいたのは見慣れた男性で……
「……敵意のある者以外にこんな物騒なもの、突きつけてはいけませんよ。さすがに僕も驚きますから。」
「その割には何の躊躇いもなく刀の先を掴むのですね」
見慣れた男性、ヴィンセントさんはいつものゆるくやんわりとした口調で私に微笑みかけた。そんな彼の手には私の太刀の先があり、彼の手からはじわじわと赤黒い血が零れていた。
「丁度いいです、ヴィンセントさん。お嬢様が帰ってくるまでどれだけ愚かな侵入者を倒せるか、勝負しましょう?」
「それは良いですね。たまには人肉を使った料理など良いかもしれません。」
「私は構いませんが、お嬢様には食べさせないでくださいね。」
そして私は刀から手を離し、落ちている鞘を拾い上げ窓の外へと勢いよく投げつけた。それと同時に窓ガラスがパリーンッ……と音を立て、盛大に割れる。
「さて……お仕事といきましょうか。」
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