黒と白の暗殺者
城咲こな
予告ストーリー:日常
「……。」
「……手止めてないでお前も朝食の支度しろ。」
「はい。」
早朝。メイドの仕事は朝食準備の補助から始まる。本当は主人の寝室を掃除するのだが、私の上司であるリーダーが大の掃除好きのため、よほど彼女が出来ない用事が無い限り私がこの館を掃除することは無かった。
「ふふ、今日はいつも以上に良い感じに包めました。」
「相変わらずのオムレツか。豪邸の主人がどうしてそんな庶民の食事で喜んでるんだろうな、ほんと。……まぁ、あいつがそれを好むなら俺は文句言えねぇけど。」
「どうやら小さい頃、お母様に作っていただいたオムレツの味が大変お気に召したようで。何せ料理人の合格条件が“オムレツを美味しく作れる人”でしたから。」
「あぁ、そう言えばあいつの母親は……」
「スープ出来ました。毒味もしました。私は植物の管理をしてきますので、後はよろしくお願いします。」
「ありがとうございます、ノアさん。お忙しい中助かりました。」
「いいえ。お役に立てたのなら光栄です。」
私の名前はノア。ノア・ウィリウスというメイドだ。オムレツを巻いていた料理人がヴィンセントさん。口の悪い燕尾服の執事がギルバートさん。彼らはいつも二人で食事の用意をしているが、話しだすと彼らは止まらない。だから、たまに私が仲裁に入らないと永遠に話している。まるで女子のように。
「……そうやって考えると、今まで一人でメイドをやっていたあの人はかなりの負担だったんでしょうね。」
そう考えながら私は主の部屋のある二階廊下の花瓶に生けられている花たちの調子を見る。どれも美しく咲き誇り、貴族の家らしい品が見える。
「カスミソウにブーゲンビリア……また変わった組み合わせですね。しかもこんなに分かりやすく自分が作ったと主張するとは。」
一際豪華な花瓶が一つあった。それは一輪の赤紫色の花、ブーゲンビリアが無数のカスミソウに囲まれているという生け花だった。その花瓶には“Celica”と刻まれている。しかも花瓶の真ん中にかなり堂々と。
「セリカお嬢様……結構斬新な発想をお持ちの方なのですね。」
「紫色が好きなのよ。無数の小さき者に囲まれて堂々と咲き誇る強さ、それを感じさせてくれるから。」
「せ、セリちゃん待って下さい~!」
「あ、お嬢様……。」
私がセリカお嬢様の作品を眺めていると、金髪の少女がその作品について語りながら私の元へと歩いてきた。彼女が私の主、セリカお嬢様。本名はセリュスレイリカ=ウィリア=アストイル。かつては株で大儲けした資産家が統治していたが、今ではその資産家も亡き人となり現在この家の統治権は直系である彼女が持っている。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげさまで。さっき私の生けた花見てたけど、ノアはこの作品についてどう思う?ギルはこれをセンスがないって言うのよ。」
「そうですね……。まぁ、確かに生け花の観点から見ればかなり斬新な作品だと思います。普通は大きな花を多く使い、カスミソウ等の小さな花はお飾りになりますから。私個人の感想をしますと、不思議な作品だと思います。二種類の花しか使っていないのに、どこか豪華な感じがします。カスミソウのせいでしょうか、ボリュームがあるように見えるんですね……それに、少しせつなさも感じます。沢山のカスミソウの中にたった一輪のブーゲンビリア、一人だけ浮いて仲間外れを受けているような感じがするので。」
「な、何か芸術評論家みたいでかっこいいよノアちゃん……!」
「ひょ、評論家は言いすぎですよ。」
「確かにノアの意見は面白いわ。最近生け花にハマってるのよ。もしかしたら次作品を作るときがあったら、意見聞くかも。」
「こんな私でよければいつでも頼って下さい。それにお嬢様、もうすぐ朝食の支度が完了しますしお席にかけてお待ちください。」
「そうね、そうするわ。リア、いきましょう。」
「はい! じゃあノアちゃん、また。」
そう言ってリア……リリアナさんはペコッと頭を下げ、お嬢様の後をついていく。私もそんな二人に頭を下げて見送る。彼女がさっき私が話した先輩メイド。メイドリーダー兼侍女の私の先輩。私よりも年下なのに、とても仕事慣れしていて掃除が大好きという変わり者。あの明るい性格できっと周りをずっと和ませてきたんだと思う。
「…………。」
私は再びお嬢様の生け花を眺めた。そして本音を小さく呟いた。
「……ただの“サワーグレープ”ですよ。」
* *
私がテーブルへと行くと、もう既に食事が運ばれており朝食の準備が完了していた。美しく包まれたオムレツにキャベツとブロッコリーのサラダ、にんじんも添えられていた。そして私が作った“冷めてもおいしい自家製コーンスープ”がある。本来は主と召使が一緒にご飯など食べないのだが、この家はどうやら違うらしく一家全員が揃ってご飯を食べるらしい。そのため、毎日ご飯は五人分用意される。
「おおっ……!! オムレツ! 嬉しいわ!!」
「ふふ、それは良かったです。今日はセリカちゃんが好きなチーズオムレツにしてみました。ぜひ召し上がってください。」
「ど、どうしたのよヴィン。何か良い事でもあったの……?」
「良いこと、そうですね。今日もいつも通りセリカちゃんが元気なことでしょうか。」
「ってことは特別良いことがあったわけでもないのね。」
「はい。」
いつも通りの他愛ない会話だった。この豪邸は見た目ばかりで、全然生活が貴族らしくない。むしろ庶民よりだ。こんな生活になったのは、主のセリカお嬢様がこんな生活を望むかららしい。元より庶民な私からすれば普段通りの生活でありがたいのだが、これでは貴族の風格が成り立たないのではないか……少し不安も覚えてしまう。
「それにしてもヴィンさんが作るチーズオムレツは本当に格別ですね! 何かコツはあるのですか?」
「コツ、ですか。それはセリカちゃんの笑顔をより可愛らしく想像することです。」
「……ちょっと良い感じに言ってるが、実際はただの妄想だよな。」
「ええ。彼女の笑顔の力は大きいですよ。こうして、僕に生きる力を与えているのですから。」
そう言ってヴィンセントさんは優しい笑顔で微笑む。正直、この人がどこまで本当の事を語っているのかはわからないが、お嬢様に関しての事は全て本当だと思える。彼女への忠誠心は強い。それに料理人と言う立場は一番、主を殺すことができる。それなのに、それを何年も行ってこなかったというのは忠誠心が本物だからではないだろうか。単純にそんなことをする勇気が無いだけかもしれないけれど。
「ぜ、前言撤回よヴィン……。ブロッコリー、これを入れる変わりだったのね。」
「あ、そのサラダを作ったのはギルです。責任は彼が背負います。」
「お、おい!それはお前が作れって俺に……」
「……ギルは料理が上手いから困るのよ。ブロッコリーの旨みが染み出てしまうから。どうせならもっと不味くして味を変えてほしいものね!!」
そう言ってお嬢様は目を閉じて強引にブロッコリーを口に放り込む。そしてグラスの水を名一杯流し込み、涙目になりながらそれを飲み込んだ。そんな一生懸命なお嬢様を横目で見ながら私も普通にパクッとブロッコリーを口に入れ、食べた。
「あ、ノア! 今ちょっと私を見てブロッコリー食べたわね! お、大人を見せつけたつもり!?」
「いいえ、そんなつもりはこれっぽっちもありませんよ? お嬢様が子供っぽいなんてこれっぽっちも思っていませんから。」
「それは思ってる人の発言よ!」
「ギルバートさん、このブロッコリー美味しいですよ。お嬢様があれほど喚かれるのなら事実だと思います。」
「そ、そうか……。セリカのこの反応で判断されるブロッコリーも不憫だよな。」
こんな騒がしい朝食から私たちの日常は始まる。メイド、ノア・ウィリウス。執事、ギルバート・ラズウェル。料理長、ヴィンセント・エカルイト。メイド長兼侍女、リリアナ・ミレイリス。そして主、セリュスレイリカ=ウィリア=アストイル。
これは、騒がしく賑やかなとある貴族の暗く明るい物語。
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