語れぬ物

 世界が誕生して早数千年。この世界は重大な問題を抱えていた。登場人物や世界観、そして世界の歯車を動かすための物語が一切決まっていなかったのだ。生まれてからずっと、どうすべきか一人で考えていた世界だったが、結局結論は出せず、段々飽きてきたので、登場人物になり得そうなキャラクター達を一旦作り出し、彼らに決めてもらうことにした。

 物語決定会議に参加したのは、ざっと億単位はいるだろう、性別や種族、ジャンルの異なったキャラクター達。様々な顔ぶれが世界の中心に集った。

「それでは、これより物語決定会議を開始する!」

仕切り慣れた様子で異世界物の大臣が開会を宣誓した。それを受けて、会場内からは一斉に大きな歓声が上がる。

「早速だが、何かいい案を持った者はおるか?」

「では、我から!!」

一番手を名乗り出たのは、大臣とは別の異世界物の魔王だった。魔王は腕を組んだまま空中を舞い、進行役を務める大臣の横に降り立った。

「ずばり、魔王軍が世界征服を完遂させた後の世界で、魔族が人間達を好き放題痛ぶり、嬲り、暴虐の限りを尽くす、爽快異世界人類蹂躙録!」

魔王が握り拳を上に突き出すと、同郷・異郷問わず、魔物達は大いに沸き立った。しかし、それと同じ大きさのブーイングも同時に起こる。魔物にやりたい放題されて黙っていられないのは、冷遇される人間たちの方だった。

「静粛に!静粛に!」

進行役として中立な立場をとらねばならない大臣は、自分の感情を押し殺しながら、人間と魔物双方を鎮めさせた。ざわめきが収まったところで、大臣は巨大な黒板に魔王の案を書き出した。

「反応を見て分かるように、賛否の票がほぼ半分に分かれるのは目に見えている。妥協案でもあれば、票を動かすのは容易だろう。ということでこの案は一つの候補とする。」

魔王は満足そうに胸を大きく張ると、浮遊して自分の席に戻っていった。

「さあ、どんどん案を出してもらうとしよう。これ以上空白期間を続けては、せっかくの世界も箪笥の肥やし。」

「次は僕からいいかな?」

大臣からの催促を受けて、数千人が手を挙げた中、誰よりも早く立ち上がったのは、異世界出身の王国騎士。整った顔立ちで、会場内の女性たちにウインクを送ると、キャーという嬌声が湧き起こった。モデルのようにスタイリッシュな歩きで大臣の元に向かう。到着後、前髪を指で掻きあげて、今度は軽い投げキッスをすると、再び女性たちは歓声を上げた。大臣は溜息を吐いて、王国騎士の肩を叩き、案を促す。

「僕の案は、種族・職種問わず、僕のようなクールで最高にイケてる美男子が、同じスペックの個性的な仲間を集めて世界最高のアイドルを目指す…っていうのだけど、どうかな?」

王国騎士がもう一度ウインクすると、会場の女性たちから賞賛の嵐が吹き荒ぶ。男性人からは困惑の声も上がっていたが、一方で自分にも主役のチャンスがあるのではと期待に満ちた様子も見られた。大臣はさっさと王国騎士を席に帰し、アイドル案を魔王案よりも賛同者が多かったので、優先案の場所に書いた。

「見ての通り、王道だけでなく奇抜なアイディアも大歓迎だ。受け入れられるかどうかは別だがな。では、次!」

「うじゅら!」

次に手を挙げたのは茨の触手を持った植物モンスター。周りにトゲが刺さらないようにゆっくりと大臣の元に向かおうとすると、途中で歩を止める。待ったが掛かったのだ。

「ちょっとちょっと!!」

声の主は植物モンスターがいる場所からずっと右、端に近い位置の席。セーラー服姿の女子高生が眉を吊り上げて不満を露わにしていた。

「さっきから異世界勢ばかり贔屓しすぎじゃない?二人も意見を述べたんだから、次は実世界の方から選んでよ!!」

彼女に同調してパティシエの男性や虫取り網を持った少年、学校の女教師が野次を飛ばす。大臣が困った様子で植物モンスターを見ると、彼は頭を掻くように触手で花の裏側を撫で、一度頭を下げて自分の席に戻っていった。大臣はモンスターに感謝の意を表してお辞儀を返し、女子高生に主張を許可して、自分の元へと来るように手招きした。


 会議が始まり157年が経った。これまでに挙げられた物語案は50京にも及び、その中からほぼ満場一致で賛成となったものをいくつか候補として世界に提案したのだが、世界はそれを気に召さなかったのか受け入れてはくれなかった。参加者達は休憩を取りながら会議を続けているものの、157年も続く話し合いに疲弊の色を隠せなくなってきた。

「では、続いて、意見のあるものは?」

開始当初は毎回1000以上の挙手があった案募集。今では一人挙げるのもやっとになっていた。前の案と被らないように新案を練るのが難しくなっていた。

「あの…。」

ふと、異世界の衛兵が手を挙げる。小心者なのか、または自信がないのか、体は小刻みに震えていた。

「案ならどうぞ。」

「その、思ったんですけど…。今こうして皆で物語を話し合っている状態。これって物語として成り立っていませんかね…?」

彼の言葉に静まり返っていた会場はざわつき始める。言われて見れば確かにという賛同の声が僅かに起こった。

「なるほど、物語を決める会議を行なう物語か。発想としては悪くないが…。」

大臣は顎を擦りながら天を仰ぐ。最終的に決断を下すのは世界だ。受け入れられなければ会議は終わらない。

「世界様、dあびびびびびびびびびびびびび!!!!」

下ったのは天からの落雷だった。衛兵はギャグ漫画のように黒焦げになってその場に倒れた。下った決断は却下。世界は思っていた以上に気難しいみたいだ。


 終わらぬ会議、わがままな世界に物語が生まれるのはまだまだ先になりそうだ。


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