俺もあいつも皆が皆
人々が行き交う町の噴水広場。そのベンチに座り地図を広げるこの男こそ、勇者バレルバルド。かつて、世界を混沌に貶めた七柱の邪神をたった一人で永久の深淵へと封印した伝説の魔剣士ハザンザンの忘れ形見である。邪神の一柱である死の王ゲゼルゼラが深淵より這い出て来たことを精霊樹より伝え聞いて、再び邪神を封印すべく、こうして冒険に出たのである。
次の目的地である花の町グローリオンを探すバレルバルドの前を通る一人の少女。彼女こそ、世界一のお菓子職人を目指して修行の旅に出る見習い菓子シエのエルルーンである。幼少の頃より、一流のお菓子職人であった祖母のもとで大好きなお菓子を作って食べる日々を送っていたエルルーン。お菓子作りを手伝う彼女に、祖母はいつでも自分の目指す夢を語っていた。
『いつか、誰も食べたことのないお菓子を作って、感動と笑顔を世界中に届けたいの。年なんて関係ない。夢は、生きている限りずっと見続けていいものなのだから。あなたも、あなた自身の夢を、いつまでも輝かせ続けてね。』
最愛の祖母が亡くなり、エルルーンの夢は悲しみに負けないほどに輝きを増した。彼女は決意したのだ。いつか、祖母を超える世界一のお菓子職人になって、祖母の抱いていた夢も自分が引き継いで叶えてみせると。彼女の熱意に負け、両親はエルルーンの旅を笑顔で見送ることにした。こうして彼女は、初めの修行先であるこの街にやってきたのだ。彼女の心は、今まさに輝きに溢れているのだ。
世話になる店を探して右往左往する彼女が通り過ぎた食堂の中、骨付き肉に噛み付く狼型の獣人が、黒い体毛を震わせて、周囲の席を観察していた。男の名は、レドレフ、復讐者だ。数日前、故郷の村が何者かに襲撃された。街に出稼ぎに出ていたレドレフは、久々の帰省で惨状を目の当たりにしてしまう。緑豊かな自然は火の海に飲まれて灰と化し、平穏な日々を過ごしていた心優しい村人達は一人残らず殺されていた。レドレフの家族も例外ではなく、病床の父も男勝りな母も、幼い弟さえも変わり果てた姿で対面することとなった。村長が残した唯一の手掛かりのメモ、そこに書かれていた「銀眼の雌豹」を探し出すのが彼の今の目的。村を襲撃した事実を確認し、場合によっては報復も辞さない覚悟である。恨み、憎しみが心を蝕む中、残された理性を必死に保ちながら、彼の復讐相手を探す旅は、幕を開けたのだ。果たして、彼の旅の果てに待つものは、心の救済か、それとも悲しみの連鎖か。
該当しそうな人物が居ないと分かり、会計を済ませて店を出て行くレドレフ。入り口で彼とすれ違ったネコミミの少女、彼女はエミナ。可愛らしい獣耳を持つ彼女だが、元は人間であり、獣人ではない。ある時、塾帰りに悪い魔女のお姉さんに、自分の趣味だからという理由でネコミミの呪いを掛けられてしまったのだった。妹大好きな姉はそのままでもいいと大喜びしていたが、エミナ自身は良しとせず、なんとしても元に戻してもらおうと、悪い魔女のお姉さんを探す旅に出るのだった。妹を心配する姉エミルも半ば強引についていくことになり、こうして待ち合わせの食堂にやってきたのであった。
姉の座る席を探すエミナが通り過ぎたテーブルで…
登場人物には皆それぞれ、その人物が主人公となる何かしらの物語が存在する。だからといって、その全てにスポットライトを当てていけば、彼らはもはや主人公ではなく数多いるモブの一人になってしまうのではないだろうか。そして、そんなモブたちを包括し、確固たる存在として在り続ける世界そのものこそ、真の主人公足り得るのではなかろうか。
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