第15話 魔装具職人カッツェ
全員食べ終えて(というより、ほぼ水で流しこんだだけだが)、荷物の整理に各自部屋へ、という雰囲気になったとき、僕ははたと思い出した。
「じゃあ、出立前に、一度装備の試着をしようか。ラナンクルスでゴタゴタしちゃってできなかったし」
「あれ、もう買ってたの?てっきり、カルレウスでそろえるんだと思ってたよ」
「ふふふ、ルドさん、驚いてくださいね。なんと!あたしは!まそ--「魔装具職人なのよ、この凡人。それで、再結成のお祝いにって」ちょっと、セリフ取らないでください!」
こほん、とひとつせきばらいをして、カッツェはもう一度、得意げな笑顔を浮かべた。
「とにかく、ようやくあたしの出番だわ!」
そう言って、カッツェは鞄からぽんぽん魔装具を取り出して、僕たちに手渡した。
「俺の分もあるの?」
「あ、はい、ルドさんもいっしょになる予定だって聞いてたので、とりあえず一式選んで来ました。もちろん、ご自分のが使い勝手がよければ、それは返してくれたらいいんで」
とにかくつけてみて、と、さっさと部屋に押しこまれた。普段より押しが強いのは、自分のつくったものが使われるところを見たい、という職人の気質なのだろうか。
身軽さを優先した戦い方をする僕に合わせて、鎧はずいぶん軽かった。さらに驚いたのはグリーブ、すね当てつきの金属ブーツだ。僕はガチャガチャするのが苦手で、いつもは布製品しか履かないのだけど、カッツェのは軽くて、履いていないみたいに自然だ。兜なんか、手にしたときはあんまり大きくて不安になったが(僕は顔が小さい、……こう伝えると職人にはいつも自慢だと笑われるけど、ただただ困っていたのだ!)、かぶってみるとするすると形が小さくなって、最初から僕のために造られたという顔をした。
剣を抜いて何度か動いてみたが、どれもまったく邪魔をしない。とにかくすべてがちょうどいい。
「本当にサイズが変わるんだね。ぴったりだ」
「すごいでしょー!うーん、我ながらいいチョイス。やっぱり勇者には、こういう騎士っぽい綺麗な装備が似合うのよねー。うーん、ここの銀細工とかわかってるわー」
部屋から首を出すと、廊下で待っていたカッツェが、満足げに僕を見た。
「勇者は、変に防御魔法がついてると気になるタイプっぽいなと思って、あえて軽くする魔法だけのやつにしてみたんだ。あ、魔法防御はちゃんとつけてるし、壊れそうになったときにはちゃんと魔法が働いて、もとに戻るから」
本人も言っていたが、やはり職人としてはかなりいい感覚を持っているらしい。彼女は僕のこと……客のことをちゃんと理解している。
デザインのことはよくわからないが、いいと言うのだからいいのだろう。となると、気になるのは、パーティ一番の美貌のことである。
「ジゼルは?」
「呼んだかしら」
ジゼルは黒衣自体が特殊な布で作られた魔装具なので、新しい装身具は、外套だけのようだった。カッツェが言うには、魔力の通しをよくするらしい。
手招きされて、彼女の部屋に入ると、廊下では見えなかった、大きな杖が目をひいた。豪奢な身なりだが、使いにくそうな印象もない。宝石は嫌味にはならず、どこまでも品よくまたたいている。なんだかジゼルに似ている。まるでジゼルの手の中にあるのが、当たりまえというような顔だ。
カッツェはよほどジゼルが好きなんだな、とからかおうと思って、なんとなくそれを言うのが癪に触る自分に気づいた。どうしてかはわからなかったが、それで僕は結局、当たり障りのない褒め言葉を選んだ。
「凝ってるな、あの杖」
「あはは、そう言ってもらえるとうれしいよ。細かくて大変だったんだよねえ」
星空に似た瑠璃色の宝石を囲んで、金細工の螺旋が駆け上がっている。その螺旋の中には、これまた金で、呪文の文字が練り上げられていて、目ですべて拾うには、どれもあまりに丹精こもっていて……これ、全部ひとりでやったんだろうか。センスもさることながら、その根気がすごい。
「カッツェの店は、細かい装飾が評判だからな」
「あ、ヴェン、どう?なんかあった?」
「いや、特には問題ない」
涼しい顔で部屋に入ってきたが、よく見るとその顔には汗がにじんでいる。ヴェンもちょっと動いてみたらしい。大人らしく振る舞うけれど、彼も結構昔から、いい装備には興奮するところがあった。ヴェンの装備は銀の胸当てを除けばほとんどが布製で、一見するとそんなに手がこんでいるようには思えない。だが、彼はずいぶん(分かりにくいけれど)機嫌がいい。不思議に思って見ていると、ヴェンが服の裾をつまんで、僕の目の前まで近づけてくれた。
「よく見ろ、勇者」
「……あ、すごいね、これ。糸か」
「あ、わかった?金属のほうが、かけた魔法が長持ちするからさ、でも布製じゃないとやっぱり重いじゃん?ヴェンみたいなひとって、もう魔法で軽くしてどうこうじゃあ対応できない次元の速度で戦うわけだし、だから苦肉の策ってヤツだよね。紙に魔法をこめた金箔貼って、それを縒って作るんだよ。金糸って言うんだけど。シスターの外套も、これを使って円環を刺繍してるんだ」
カッツェの解説に、ぼくは、はあ、と息を吐くしかなかった。彼女の真面目さ、勤勉さは知っていたが、ここまで来ると、何を言っても野暮というものである。
「ねえ、見て見て!これすごい格好いい!」
うれしそうに駆け込んできたルドの装備も、品よく細かい細工が散りばめられている。
「俺、身体が大きいからさ、こういう格好いいのって、なかなかめったにないんだよね。うれしいなあ」
「そうだな、似合ってるんじゃないか」
「ヴェンに言ってもらえるとうれしいなあ。君のも格好よくていいね!」
にかっと笑ったルドに、ヴェンは穏やかに返した。
「もう動いてみたか?」
「着たらなんだか昂ぶっちゃったからね!魔王戦用に前仕立てたやつは、職人さんに細かくお願いしてやってもらったからともかく、普通の魔装具ってもっと軽いもんだと思っていたんだけど、これはちょうどいい感じに重さがあるから、力が込めやすそうで安心したよ」
「ルドさんは重装だって聞いていたので、そういうのを選んだんですけど、当たっててよかった!あ、ちなみに、着ているひとの感覚に合わせて重量感が変わるので、疲れてきたら軽く感じるようになりますよ」
「はー、そんなことできるんだ、すごいなあ。カッツェちゃん、本当にありがとう!」
「いえ、気に入ってもらえてわたしもうれしいです!」
そのあともしばらく、カッツェの解説はつづいた。ジゼルは長い長いと文句を挟んでいたが、僕は長いこと国から出ていなかったこともあって、最新の魔法技術の話はとても興味深く、僕は自然に兜をとって、彼女の話に聞き入っていた。
「すいませーん、女将ですけどー」
もうチェックアウトの時間か。やっぱり面白い話を聞いていると、時の流れが早い。
リゼットに渡された資金は、全部僕の鞄の中にある。一度部屋に戻らなきゃならないから、僕が出て、会計を済ませるのが自然だ。僕は歩いて行って、扉を開けた。
「はい」
「すいません、そろそろお会計……って、勇者様!?」
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