6章 第15話 バレンタイン④
勢いよく走り出した絵理だったが、元々そんなに運動神経がいいわけではない。少し離れた所で、明に追いつかれてしまった。
「追い...ついた!」
明が絵理の肩を掴むと、絵理は観念したように足を止めた。肩で息をしているが、閃へのチョコレートは大事に持っている。
「はあはあ...。急に走り出さないでよ」
明も息を切らしてそう言うと、絵理は俯いた。
「ごめん...」
彼女の様子に、明は責める気にもなれず、お互いに黙ってしまった。しばしの沈黙の後、絵理が口を開く。
「今まで憧れてた人たちには何回もプレゼント渡してきた。今回も一緒なのに...渡す前にこんな気持ちになったの初めてなの」
「それはさぁ。きっと今回は本気だからだよ」
「え?」
絵理が言葉の真意を問おうとした時、2人を探していた円香たちが、ちょうど2人の元へとやってきた。
「御堂君...」
絵理は円香たちと一緒にやって来た閃に気づく。絵理は怖気付いて彼の方へと向かうことができなかったが、明はそんな彼女の背中を思い切り押した。
「大丈夫だって。さぁ行ってこーい!」
「え?きゃっ!」
不意に押された絵理は、閃のすぐそばまでバランスを崩して近づく。それに閃は一瞬驚いた様子を見せるが、すぐに笑顔を見せた。
「こんにちは、絵理さん」
「こ、こんにちは...」
絵理は顔を真っ赤にして挨拶をする。そして、なにか決心した様子で深呼吸すると、準備していたチョコレートを閃へと差し出した。
「あ、あの。これバレンタインのチョコレートです。一生懸命作ったんだけど、あんまり上手くいかなくて...」
緊張と自信の無さからか、蚊の鳴くような声になってしまう絵理だったが、閃は笑顔のままチョコレートを受け取った。
「ありがとうございます。実は親しい友人に貰うのは初めてで、今少し緊張してるんですよ」
照れ笑いする閃に、絵理は意外だと言わんばかりに驚く。
「前に少し話したかもしれませんが、ちゃんと友人と呼べる人はほとんどいなかったんですよ。今日チョコレートくれた方も、ほとんどは話したことない方たちですから」
「そ、そうだったんだ」
「それに...」
閃は傷だらけの絵理の手を見た。
「そんなに手を傷だらけにしてまで、手作りをくれた人は貴方が初めてですから」
「......!」
閃の言葉に絵理はまた真っ赤になる。彼女の高鳴る心臓の音は、閃にも聞こえそうなほどだった。閃は優しい笑顔のまま続ける。
「だから嬉しいです。ありがとうございます」
「御堂君...」
少し離れた所で2人の様子を見守っていた円香と山神の元には、反対の絵理側にいた明もそっと合流していた。
「御堂君だからちゃんと受け取ってもらえると思ってたけど、思ったよりもいい雰囲気で1人でそばにいるのが辛かった...」
露骨に気まずかったアピールをする明を見て、山神と円香は顔を見合わせて笑う。
「とはいえ、とりあえず大成功?御堂君連れてきてくれてありがとね山神。じゃあ、約束通りのチョコレート。クラスの男子に渡してたのと同じだけどね」
「お、ありがとな。あいつら誰かから貰わないと暴動起こしそうだったよな...」
明は山神に小分けにされたチョコレートを手渡す。今日クラスの男子達に配っていたものと同じだ。モテと非モテが顕著に表れるバレンタインデー。チョコレートを貰えた男子が、貰えていない男子に責められるのを未然に防ぐために、明含む影響力のある女子はとりあえず貰えてなさそうな男子に手分けして渡していた。
「私も今日まで男子の目線がちょっと怖かったよ」
円香も苦笑いをする。
「じゃあ私からも。去年は受験で作れなかったから、今年は頑張ったよ」
「ありがとう。めっちゃ凝ってるな」
円香のチョコレートは手作り感がありながらも、包みも凝ったものだった。貰った山神が感じている以上に手間がかかっているだろう。明は2人のやりとりを複雑な表情で見つめていた。
その後、絵理と閃たちが山神の元に戻ると、少し談笑した後、その場は解散となった。帰り道の関係で、明は早めにみんなと別れて1人になる。
(絵理よかった。まともには話せてなかったみたいだけど...。御堂君との距離も縮まるよね?)
そして自分の鞄に目を移すと、中から何かを取り出して、ため息をついた。
「...人のこと言えないなぁ」
明は本当は山神に渡すはずだったチョコレートを見つめると、切なげにそう呟いた。それは円香に負けないくらい手間がかかっていそうなチョコレートだった。
〜7章に続く〜
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