6章 第7話 特別な日に③
「もうすぐ始まるよ。この、ホラー映画...」
ラインナップを見て円香の顔が固まる。ちょうど時間が合いそうなのは、とても怖いとネットで話題になっているホラー映画だった。興味はあったものの、そもそもおばけ系統が苦手な円香は普段近寄らないものだ。
(で、でも観れば楽しめるかも。今日は特別な日なんだから)
「じゃあ、とりあえず2人分買っちゃうね」
山神は少し手を震わせながら券売機を操作する円香を黙って見ていたが、購入の手前まで来たところでその腕を掴んで止めた。
「やっぱり映画は止めよう」
「え...」
呆然とする円香の横で、キャンセルを進める。
「お前が観たい映画の時間を調べないわけないだろ。それにホラー系なんて話題にしないしな」
山神の言葉に円香は俯く。彼は映画館に着いた時に、彼女が上映スケジュールをしっかりと確認しているのを気づいていたのだ。事前に調べていれば、そこまでしっかりと確認する必要はない。
「ごめん」
円香はそう言うと黙り込んでしまう。2度も空回りしたのがさすがに堪えたようだ。落ち込んだ彼女の様子を見て、山神は何かを思い出した様子で彼女の手を引いた。
「今度は俺が行きたいところに行ってもいいか?」
突然の提案に円香が黙ったまま頷くと、山神はこっちだと進行方向を指差しながら歩き出した。
2人が辿り着いたのは公園だった。ベンチと少しの遊具が置かれている普通の公園で、休みのためか子ども連れの家族も見られる。
山神は空いていたベンチを見つけると、そこに座ると円香を手招きした。円香も彼を追いかけると、隣に腰掛ける。
「悪いな。映画、観たかったか?」
「いや、実はあんまり」
円香は苦笑いして答える。あんまりどころか、ホラー映画を選んでしまったらおそらく見ていられなかっただろう。
「そっか。俺が一緒だったから気を遣わせたかな」
「そ、そんなことないよ!私が勝手に...」
勝手に舞い上がっちゃっただけと言いかけて、円香は口を閉じた。気を遣うどころか、浮かれた自分が結果的に彼を振り回している。その状況に気づいた円香の心は、出掛ける前とは真逆で沈んでいた。
少しの沈黙の後、山神が口を開いた。
「ここさ。小学生の時によく遊んだ公園だよ。覚えてるか?」
円香が公園を見渡すと、段々と記憶が蘇ってきた。そういえば、両親に連れられて初めて山神とあった場所でもある。
「そういえば小学生になる前だったかな。お前が急に『妖精さんを捕まえる』って、思いつきでいろいろと連れ回されたことあったな。もちろん見つかるわけもなくて、迷子になって警察に保護されて、おばさんにめっちゃ怒られた」
「えっ!?そんなことあったっけ...」
円香は顔が熱くなるのを感じた。小さい時のこととはいえ、妖精を探しに連れ回したというのはなかなか恥ずかしい。一方の山神は、笑いながら話し終えると、懐かしむように公園の遊具を見る。
「10年以上も付き合いがあれば、生クリームとホラー映画が苦手なことくらい分かる。もちろん分からないこともあるけどな。今日はどうしたんだ?」
パンケーキとホラー映画。円香が普段とは違うことは、山神にはお見通しだった。しかし、その理由までは分かっていないようだ。
「...特別な日にしたかったんだよ」
円香は微笑んでそう呟いた。自分のことを分かっていることは嬉しいが、なぜ普段とは違うかまでは分からない。そこに山神らしさを感じて、円香は複雑な気持ちでため息をついた。
(鋭いのか鈍感なのか...)
「特別な日ってどういう...」
円香の言葉の意味を理解しきれない山神は、その意味を尋ねようとする。しかし、円香はそれには答えずに、立ち上がって次の目的地を告げた。
「剣次。次は本屋に行こ!」
彼女は笑顔で言うと、疑問が晴れずにもやもやとしている剣次を置いて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます