6章 第6話 特別な日に②
山神と2人きりというのは、円香にとって珍しい状況ではない。2人で話すこともあれば、2人で帰ることもある。しかし、山神から誘われて出掛けるのは、円香には特別なものに感じられた。
「悪い、遅くなった」
山神は息を切らせて走って来ると、少しホッとした様子で頭を下げた。円香は少し落ち着かない様子で首を横に振った。
「ううん。私も今来たところ」
そんなやりとりを交わし、2人は歩き出す。真冬にしては外出しやすい天気なためか、駅前は多くの人で賑わっていた。バレンタインデー前ということでチョコレートが販売されているのだろうか、あちらこちらに女性が集まっていた。
「凄い人だな...。携帯あるから大丈夫だけど、はぐれないようにしないと。ところでどこに行く予定だったんだ?」
山神は周りを見渡しながら円香に聞くと、円香はうーんと考える。本当は本屋や文具店などを見に行く予定だったのだが、山神が一緒なのにそれでは味気ない。
(せっかく剣次と一緒なんだから...そうだ!)
「えーっと。パ、パンケーキ食べに行きたくて。生クリームたっぷりのやつ!」
「え?それ1人で行くつもりだったのか?」
山神は怪訝そうな目で円香を見るが、円香は目線を逸らして強引に彼をパンケーキ屋の方へと引っ張って行った。
(うぅ...。気持ち悪いかも)
山神をパンケーキ屋まで連れてきたのはいいものの、予想以上のボリュームのパンケーキに円香は苦戦していた。
(そもそもそんなに生クリーム好きじゃなかった...。剣次もあんまり甘い物食べないし)
山神は飲み物だけを頼んだが、円香は強引に連れてきた手前、名物の巨大パンケーキを頼まざるを得なかった。周りのテーブルを見渡しても1人で食べている人はいない。円香が目線を上げると、山神が不思議そうに彼女のことを見ていた。
「お前生クリームそんなに好きじゃないだろ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ!だってこれ食べたかったんだし」
そうは言うものの、明らかに手が止まっている円香を見かねて、山神はパンケーキの皿に手を伸ばし、自分の方へと引き寄せた。円香からフォークを受け取ると、それをパンケーキへと刺す。
「さっきから全然減ってないぞ。待っている人も多いし、早く食べちゃおう」
山神の助けも借りてなんとか食べ終えたが、相当無理をしたのか彼も終盤は黙々とナイフとフォークを動かすだけになっていた。そんな山神の様子に、円香はなんだか申し訳ない気持ちになる。
(やっちゃった。次は剣次も楽しめるところにしないと...)
「さて...次はどこだ?」
山神の問いに円香は彼が好きなものを必死に思い出す。すると、彼女の目にある看板が映った。
(...映画館!剣次は映画を観るのが好きだったはず)
「え、映画!見たい映画があって」
「お、おう。じゃあ、行くか」
円香の態度に少し違和感を覚えながらも、山神は彼女の言うとおりに映画館へと向かった。
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