6章 第5話 特別な日に

(大丈夫かな...)

 駅前の待ち合わせ場所で、円香は落ち着かない様子で辺りを見渡していた。いつもよりオシャレな格好をしている彼女は、しきりに服装を気にしている様子だ。

(剣次と2人...か)

 円香は鼓動がいつもより早いような気がして、軽く深呼吸をした。



 話は前日に遡る。

 金曜日の放課後、絵理が真剣な顔で円香と明に話しかけた。

「ふ、2人にお願いがあるんだけど...」

「どうしたの、改まって」

 円香が微笑みながら首を傾げると、絵理は何かを鞄から取り出した。お菓子のレシピ本のようだ。

「そろそろバレンタインでしょ?それで...チョコレートの作り方教えて欲しくて。料理めちゃくちゃ苦手だから」

 すると明は心当たりがある様子で苦笑いする。円香もふと調理実習の時間を思い出した。絵理と明の班は何やら大騒ぎだったような気がする。

「作ったことないわけじゃないんだけど、今年は失敗したくないから」

 真剣に頼む絵理の様子に、円香と明は顔を見合わせて頷いた。

「もちろん!」

「私に任せときなって。これでも家庭科得意だからね」

 2人が明るく答えると、不安そうだった絵理の顔がパッと明るくなる。この様子だと既に苦戦を強いられていたようだ。

「じゃあ今日は金曜日だし、明日とかどうよ?」

「ご、ごめん。明日はちょっと買い物行きたいところがあって...。明後日でもいい?」

 明の提案に対して、円香が申し訳なさそうに言った。絵理が大丈夫だと何度も頷く。

「じゃ明後日にしよ。私と絵理は明日買い出しにでも行こうか」



 明と絵理の2人が明日の約束で少し教室に残っていたため、円香は先に帰ることにした。

「円香!」

 昇降口を出た辺りで、彼女は山神に呼び止められる。

「剣次?今日は養成校休みだったんだ。ちょっと残ってるなんて珍しいね」

「少し用事があってな。さっきお前らが教室で話してるのチラッと聞いたよ。確かに絵理の料理凄かったもんな...」

 山神もその時のことを思い出したのか、笑いを堪えている。

 そういえば山神も2人と同じ班だったかもしれないと、別の班で詳細が分からない円香は、少し羨ましく感じられた。

「って話聞いてたんだね。乙女の秘密なのに...。御堂君には言わないでね」

「分かってるよ」

 と言いつつも言葉の真意に気づいていない様子の山神を、円香は普段見せないような表情で睨む。それに気づいた山神は改めて「分かった」と口にした。

「剣次なら大丈夫かな...。私は明日買い物に行くから、明後日絵理の家で作る予定なの。剣次の分も作るから楽しみにしててね」

「あぁ、ありがとう。明日は1人で買い物か...」

 山神は閃の言葉を思い出した。2人と一緒、しかも絵理の家でのチョコレート作りならば安全だろうが、1人で買い物に行くのは危険かもしれない。

「円香、明日俺も一緒に行っていいか?」

「...え!?」



 こうして山神と円香は、翌日一緒に買い物に行くことになった。当然山神は理由を告げていないため、円香にしてみると休みの日に一緒に出掛けようと誘われたという感覚だ。

 それはつまり...


(これはデートになるのかな)

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